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プライベート・ライアン
- 2007/08/15(Wed) -
プライベート・ライアンプライベート・ライアン
(2006/07/07)
トム・ハンクス、トム・サイズモア 他

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『プライベート・ライアン』
原題"Saving Private Ryan"
1998年に公開された戦争映画。
監督 スティーブン・スピルバーグ

戦争の惨さ、ノルマンディー上陸作戦の酷さ、死について考えさせられる映画です。

原題は「ライアン二等兵の救出」の意。史上最大の作戦といわれたノルマンディー上陸作戦のあるエピソードを題材にしている。

降伏したドイツ兵を米兵が射殺する場面の冷たいリアリズムなどが、ドイツ軍を単なる悪役にはしていない。しかし登場するドイツ国防軍及び武装親衛隊兵士が全て丸坊主である点は、ネオナチを意識しているかのようで考察に欠けているとして、一部の論客からは評判が悪い。

また、機関銃の銃声を実際に録音して使ったり、機関砲の破壊力を直接描写したり、ティーガー戦車やケッテンクラートなど、ドイツ軍の装備に関するスピルバーグならではのこだわりの時代考証がみられた。ロケはイギリスで行われ、これらの装備は現地リエナクター(歴史再現家)達によるところが大きい。

スピルバーグ監督はその後、トム・ハンクスと共にテレビ向けのミニ・シリーズ「バンド・オブ・ブラザース」を共同制作し、ノルマンディー上陸作戦についての興味を追求している。

コピー
「選ばれた精鋭は8人―― 彼らに与えられた使命は 若きライアン二等兵を救出する事だった……」
「ノルマンディ大激戦の陰に 選ばれた8人の兵士達による たった一人の新兵を救出する作戦があった……」

ストーリー
注意 : 以降に、作品の結末など核心部分が記述されています。
「史上最大の作戦」ノルマンディー上陸作戦。銃弾が雨あられと降ってくるオマハ・ビーチからの上陸作戦を生き残ったミラー大尉は、ジェームス・ライアン二等兵をノルマンディー戦線から探し出し、無事帰国させるため、敵陣深く進入する危険極まりない任務へと赴く。ライアン二等兵の3人の兄は既に皆戦死し、軍は母親のために息子たち全員の戦死を防がねばならない、という理由で彼の救出を命じたのだった。ミラー大尉は、たった1人のために8人の部下の命を危険にさらすこの任務に疑問を抱きながらも、なんとかライアン二等兵を探し出すことに成功するが……。

キャスト
* ジョン・H・ミラー大尉:トム・ハンクス
* マイケル・ホーヴァス軍曹:トム・サイズモア
* リチャード・ライベン一等兵:エドワード・バーンズ
* ダニエル・ジャクソン一等兵:バリー・ペッパー
* スタンリー・メリッシュ一等兵:アダム・ゴールドバーグ
* エイドリアン・カパーゾ一等兵:ヴィン・ディーゼル
* アーウィン・ウエイド衛生兵:ジョバンニ・リビシ
* ティモシー・E・アパム伍長:ジェレミー・デイビス
* ジェームズ・フランシス・ライアン二等兵:マット・デイモン
* ウィリアム・ヒル軍曹:ポール・ジアマッティ
* フレッド・ハミル大尉:テッド・ダンソン
* アンダーソン中佐:デニス・ファリナ

エピソード
* スティーヴン・スピルバーグ監督による『太陽の帝国』、『1941』、『シンドラーのリスト』以来4作目となる第二次世界大戦をテーマにした映画。
* 冒頭から始まり約20分間にも及ぶ、オマハ・ビーチにおけるノルマンディ上陸作戦を描くリアルな戦闘シーンが話題を呼んだ。映画史に残る20分間として有名。
* この映画を観た戦争経験者は、戦争シーンのリアルさに「臭いがあればこれは本物の戦争だ」ともらしたという。
* 第二次世界大戦を舞台とするFPS、メダル・オブ・オナー アライドアサルトのオマハ・ビーチ上陸マップは明らかにこの映画の上陸シーンを意識して作られている。
* 冒頭の“D-DAY”におけるオマハ・ビーチ上陸作戦の再現は困難を極めた。実際のオマハ・ビーチは歴史的に保護されているだけでなく、開発もされてしまっていたためである。そこでプロダクション・デザイナーのトム・サンダースは何週間もの調査を行ってロケ地を探し、よく似た浜を発見。実際のロケはアイルランドで行われた。
* アイルランド陸軍はエキストラとして250名の兵士を貸し出した。現役の兵士であることから統制がとれており、大人数にもかかわらず撮影はスムーズに進行した。この兵士達の大半はメル・ギブソンの『ブレイブハート』にも出演している。
* ミラー大尉の所属部隊は、米第5軍・第2レンジャー大隊C中隊である。
* ライアン二等兵の所属部隊は、米第7軍・第101空挺師団第506パラシュート歩兵連隊第1大隊B中隊である。
* 冒頭の上陸作戦において、四肢が吹き飛ぶ、内臓がはじけとぶ、といった描写があるため、テレビ放送時には該当部分はカットされると予想されていたが、テレビ朝日で地上波放送された際には、冒頭に刺激的な表現があることと児童の視聴への注意を呼びかけるテロップを表示し、カットされることなく放送された。
* トム・ハンクスをはじめとした出演者たちは、リアルな演技をさせるために元海兵隊大尉のデイル・ダイの協力の下、新兵訓練と同等の訓練を10日間受けさせられた。その間は教官がいきなり俳優達に向かって発砲(空砲)したり、当時の兵士達が持ち歩いていた道具と装備を全て背負わせて延々と行軍させたりと内容的にとても厳しいものであった。
* ライアン二等兵役のマット・デイモンはこの新兵訓練の参加メンバーから意図的に外された。これは10日間の過酷な訓練を通じて救出隊のメンバーにマット・デイモン=ライアン二等兵に対する反感を植えつけるため。
* 映像にリアリティを出すために三脚を使わず、大半をハンディカメラで撮影した。
* 『シンドラーのリスト』が実在の人物をモデルにしているため、それと混同して本作も実話だと思っている人も少なからずいるようだが、本作はフィクションである。しかし元になったナイランド兄弟のエピソードは存在する。(詳細は後述)
* 撮影に使用した兵器・車両は徹底的に本物にこだわっているが、後半に登場するティーガー戦車はソ連製戦車T-34-85を改造して作られた。また自走砲のうち一輌は、ドイツ軍のマルダーIIIH型と似ているが、同じ足回りを持つスウェーデン軍のSav m/43である。これらは「バンド・オブ・ブラザース」でも使用されている。
* この映画に登場するドイツ兵のほとんどが頭を丸坊主にしているため顔の見分けがつきにくい。(丸坊主はむしろ現代のネオナチのファッションであり、当時の武装親衛隊員はテクノカットのようにもみ上げと襟足を刈り上げるスタイルがよく見られる。)よくある誤解としては、「アメリカ大好き」と命乞いし、後にアパムにより射殺される兵士と、メリッシュを銃剣で刺殺する兵士が同一人物である、というものがあるが、軍服をよく見れば、一方は国防軍兵士で、もう一方は武装親衛隊員であることから、2人は別人だとわかる。
* 本作は星条旗~ミラー大尉の墓~戦闘中パニックに陥るミラー大尉~メリッシュ二等兵のガムを出す仕草が順番に写されるが、映画の終盤ではこれらの状況が対称的に逆の順番で登場する。この始まった順番と逆に終わる円環的な展開は、スピルバーグが敬愛する『アラビアのロレンス』ですでに行われていた。スピルバーグはデヴィッド・リーン監督を尊敬し、『アラビアの~』を「新作撮入前に鑑賞する一本」と語っており、リーン監督へのオマージュと思われる。

受賞
アカデミー賞11部門にノミネートされ、監督賞、編集賞(本作は2006年現在、デジタル編集に拠らない作品としては最後のオスカー受賞作である)、撮影賞、音響賞、音響編集賞の5部門を受賞した。

ナイランド兄弟
ナイランド兄弟とはこの映画の元となった兄弟の事である。
* フレデリック・ナイランド三等軍曹 第101空挺師団第501パラシュート連隊所属
* ロバート・ナイランド特技下士官(三等軍曹待遇) 第82空挺師団第505パラシュート連隊D中隊所属、1944年6月6日ノルマンディーにて戦死
* プレストン・ナイランド少尉 第4歩兵師団第22連隊所属、1944年6月7日ノルマンディーにて戦死
* エドワード・ナイランド特技下士官(三等軍曹待遇) アメリカ陸軍航空隊所属
ライアン二等兵の元となったフレデリック・ナイランドは、第101空挺師団の兵士だった。フレデリックはDデイ初日に、輸送機パイロットのミスで予定の降下地点からかなり離れた内陸地点に降下してしまい、なんとか原隊に復帰したところ、部隊の従軍牧師から彼の兄弟が3人とも戦死したと告げられた。太平洋方面で戦死したと思われていた彼の兄弟(英語の文面からは兄か弟か不明)は、実際には日本軍の捕虜になっていたが、その時点では死亡したと考えられており、国防省のソウル・サバイバー・ポリシー(巡洋艦ジュノーに乗り込んでいたサリバン5兄弟が、その巡洋艦が撃沈されたときに全員死亡したことを受けて制定されたルール)に基づいてフレデリックは前線から引き抜かれ、本国に送還された。
フレデリック本人はそれほど帰国したかったわけではなかったらしく、その後もしばらく部隊と行動を共にしていたが、従軍牧師がすでに書類を提出してしまったため、書類が上層部に認可された後は帰国するしかなかった。帰国後、彼は終戦までニューヨーク州で憲兵として勤務していた。
映画と違い、ナイランド夫人は未亡人ではなかったが息子3人の死亡通知を同時に受け取ったと言うのは史実らしい。また、自力で原隊に復帰した事から分かるように、別に救出隊が組織されたと言う事実もない。ちなみにビルマの日本軍捕虜収容所に収監されていたエドワードは英軍に救出され、その後、無事帰国している。


ジョバンニ・リビシ(Giovanni Ribisi、1974年12月17日生 )
アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルス出身の俳優
テレビドラマ『フレンズ』では、フィービー(リサ・クドロー)の弟を演じた
女優・脚本家である双子の姉マリサは、歌手のベックの妻である
主な出演作品
* 素晴らしき日々 The Wonder Years (1992-1993) <TV>
* すべてをあなたに That Thing You Do! (96)
* ロスト・ハイウェイ Lost Highway (97)
* SubUrbia (1997)
* ポストマン The Postman (1997)
* サム・ガール Some Girl (1998)
* プライベート・ライアン Saving Private Ryan (1998)
* モッド・スクワッド The Mod Squad (1999)
* カーラの結婚宣言 The Other Sister (1999)
* 60セカンズ Gone in Sixty Seconds (2000)
* ギフト The Gift (2000)
* マネー・ゲーム Boiler Room (2000)
* ヘヴン Heaven (2002)
* ロスト・イン・トランスレーション Lost in Translation (2003)
* 閉ざされた森 Basic(2003)
* ボブ・ディランの頭のなか Masked and Anonymous (2003)
* コールド マウンテン Cold Mountain (2003)
* リトル・イタリーの恋 Love's Brother (2004)
* スカイキャプテン ワールド・オブ・トゥモロー Sky Captain and the World of Tomorrow(2004)
* フライト・オブ・フェニックス Flight of the Phoenix(2004)
* マイ・ネイム・イズ・アール My Name Is Earl (2005-2007) テレビシリーズ、ゲスト出演
* パーフェクト・ストレンジャー Perfect Stranger (2007)


マット・デイモン(Matt Damon、本名:Matthew Paige Damon、1970年10月8日生 )
アメリカ合衆国マサチューセッツ州ケンブリッジ出身の俳優
母親のNancy Carlsson-Paigeはフィンランド人の血を引く大学教授、兄Kyleは彫刻家
来歴・人物
10代の頃より役者を志し、ハーバード大学在学中から端役で映画やテレビに出始め、結局大学は中退した(本人に復学の意思があれば大学に戻れる)。
なかなかヒット作に恵まれず、友人のベン・アフレックと共に自分達で脚本を書くことを思いたち、その脚本が後に『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』として映画化され、ベン・アフレックと共にアカデミー脚本賞を受賞している。同作品ではアカデミー主演男優賞にもノミネートされた。この脚本の映画化までには長い年月を要した。
また、2002年にはアクション映画『ボーン・アイデンティティー』が大ヒット。2004年には続編も作られ、2007年には『ボーン・アルティメイタム』という題名で3作目が公開された。
共演した女優と交際することが多く、これまでクレア・デインズ(『レインメーカー』で共演)、ミニー・ドライヴァー(『グッド・ウィル・ハンティング』で共演)、またウィノナ・ライダーやモデルのブリジット・ホールらと交際したが、『ふたりにクギづけ』撮影中にマイアミで知り合ったアルゼンチン人の女性と2005年に結婚し、2006年には娘が生まれている。
2007年7月25日にウォーク・オブ・フェイムに名前が刻まれた。
エピソード
映画誌のインタビュー等により、安易な続編を好まない人物として知られている。それ故に『ボーン・スプレマシー』、『オーシャンズ12』出演には驚きをもって迎えられた。これに対しマットは「アイデアの無い作品に出るのが嫌なだけさ。前作を超える自信があるよ」と答えている。但し幾分辟易しているようで、2007年に訪れたカンヌ国際映画祭では「ボーン・シリーズは3作目でラスト」「今年は『ボーン・アルティメイタム』、『オーシャンズ13』と続けてシリーズ第3弾に出てしまった。まるで売春婦のようだね」とコメントしている。
フォーブスが選ぶハリウッド出演料当たり興収のランキングでトム・ハンクスやトム・クルーズの2倍以上の高収益俳優としてトップに輝いた。
出演作品
* ミスティック・ピザ Mystic Pizza (1988)
* 青春の輝き School Ties (1992)
* ジェロニモ Geronimo: An American Legend (1993)
* 戦火の勇気 Courage Under Fire (1996)
* チェイシング・エイミー Chasing Amy (1997)
* レインメーカー The Rainmaker (1997)
* グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち Good Will Hunting (1997)
* ラウンダーズ Rounders (1998)
* プライベート・ライアン Saving Private Ryan (1998)
* ドグマ Dogma (1999)
* リプリー The Talented Mr. Ripley (1999)
* バガー・ヴァンスの伝説 The Legend of Bagger Vance (2000)
* すべての美しい馬 All the Pretty Horses (2000)
* 小説家をみつけたら Finding Forrester (2000)
* オーシャンズ11 Ocean's Eleven (2001)
* GERRY ジェリー Gerry (2002)
* ボーン・アイデンティティ The Bourne Identity (2002)
* コンフェッション Confessions of a Dangerous Mind (2002)
* ふたりにクギづけ Stuck On You (2003)
* ボーン・スプレマシーThe Bourne Supremacy (2004)
* オーシャンズ12 Ocean's Twelve (2004)
* 世界で一番パパが好き! Jersey Girl (2004)
* ブラザーズ・グリム The Brothers Grimm (2005)
* シリアナ Syriana (2005)
* ディパーテッド The Departed (2006)
* オーシャンズ13 Ocean's Thirteen (2007)
* ボーン・アルティメイタム The Bourne Ultimatum (2007)
プロデュース作品
* 夏休みのレモネード(ベンアフレックと)



スティーヴン・アラン・スピルバーグ KBE(Steven Allan Spielberg KBE, 1946年12月18日 生 )
アメリカの映画監督、映画プロデューサー
人物
監督としての功績
映画監督としては、世界最高のヒットメーカーの一人として挙げられる。凄まじいほどの早撮りで、3時間近くある自身渾身の大作『プライベート・ライアン』はわずか3ヶ月で撮影を終えたという。また、このために多作である。製作費を安く抑えることでも知られ、製作費が1億ドルを越えたのは『マイノリティ・リポート』と『宇宙戦争』だけである。このことに関しては、ルーカスの助言が影響している。
製作としての活躍
映画プロデューサーとしても手腕を発揮しており『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズ、『メン・イン・ブラック』などのヒット作、話題作の制作を手がけている。
作風
昨今のリメイク映画を連発するハリウッドの傾向には批判的で、新作をものにしようという意識はプロデュース作『トランスフォーマー』にも反映されている。
劇場映画初監督の『続・激突! カージャック』はTVムービー『激突!』とは本来無関係の作品であるし、脚本の検討に時間がかかるとして『ジョーズ』続篇の映画化にはタッチせず、高い収益を上げた『E.T.』は(利益が見込める)続篇を求められても拒否した。監督作『ジュラシック・パーク』は2作目ですでにあまり乗り気ではなく3作目は監督せずプロデュースにまわった。プロデュース作品はシリーズ化されたものも多くありTVでも『ER緊急救命室』が十年以上続くなど成功しているが、目下監督を手がけるシリーズは『インディ・ジョーンズ』だけである。
家族・友人
現在の妻は、女優のケイト・キャプショー。
同業のジョージ・ルーカスは友人かつ一番のライバルであり、『インディ・ジョーンズ』シリーズを一緒に製作しているほか、『スター・ウォーズ』でも一部を手伝ったことがある。

来歴
幼少~学生時代
ロシア系ユダヤ移民の3代目。Spielbergというドイツ語の苗字は直訳すると「芝居山」という意味で、祖先が17世紀に居住していたオーストリアの町の名前に由来する。英語訳では「Playmount」となり、彼が若い頃の映画製作の社名にしていた。
オハイオ州に生まれ、アリゾナ州に育つ。古い資料では1947年生まれとなっているが、これはスピルバーグが長年1947年生まれと偽ってきたためで、1946年生まれが正しい。
幼い頃から8ミリカメラで自主的に映画を製作する。スタンリー・キューブリック、デヴィッド・リーン、黒澤明、アルフレッド・ヒッチコック、『ゴジラ』など様々な映画の影響をうけるが、特にディズニー映画は初期の彼の作品にさまざまな影響を与えている。
映画学科が充実していることで知られる南カリフォルニア大学への入学を希望したが、3度にわたり入学を断られたため、カリフォルニア州立大学ロングビーチ校にて映画を専攻したものの中退し、後に再度入学し卒業した。後に、南カリフォルニア大学の名誉教授に就任する。
1970~1980年代
1972年に、テレビ映画として撮った『激突!』が評判を呼び、海外では劇場公開され、スピルバーグの名前が世界に知られるようになる。1974年に『続・激突! カージャック』で、劇場用映画監督に進出。
初期の頃は、娯楽映画をつくることで評価を得ていたが、やがて上記のように様々なジャンルの映画を手がけるようになる。ヒット作に『ジョーズ』、『未知との遭遇』、『インディ・ジョーンズ』シリーズ、『E.T.』、『ジュラシック・パーク』、『シンドラーのリスト』など多数。
1990~2000年代
1993年のアカデミー賞では、『シンドラーのリスト』で作品賞、監督賞を受賞する。スピルバーグは、この作品の製作に意欲的で報酬を断っている。
1994年にドリームワークスを設立。1998年に『プライベート・ライアン』で、2度目のアカデミー監督賞を受賞する。2001年に英国王室より、ナイト爵を授与された。
『宇宙戦争』のオリジナルCMを日本限定で公開するなど、親日家でも有名。家族と共に三鷹の森ジブリ美術館を訪れたこともある。

余談
和牛への貢献
欧米(とくにハリウッド)で和牛の普及におおいに貢献する。彼があまりに神戸ビーフを連呼したがために、和牛=神戸ビーフと呼ばれるようになってしまったという逸話がある。
オリンピックとの関係
ソルトレークシティオリンピックの開会式では、オリンピック旗を掲揚する際の旗手を務めたほか、北京オリンピックの組織委員会芸術顧問を務めるなど、オリンピックとは繋がりが深い。
アニメーション・漫画ファン
日本漫画のファンであり、自身の作品にもその影響が見られる。
テレビゲーム好き
テレビゲームが好きで、特に『シェンムー』を高く評価した事で知られる。シェンムーのディレクターである鈴木裕にサインを求めた事がある。

フィルモグラフィー
ロナルド・レーガン大統領夫妻とともに
主な監督作品
* 『刑事コロンボ/構想の死角』(Columbo: Murder by the Book, 1971年) (テレビ映画)
* 『激突!』(Duel, 1971年) (テレビ映画)
* 『続・激突! カージャック』(The Sugarland Express, 1974年)
* 『ジョーズ』(Jaws, 1975年)
* 『未知との遭遇』(Close Encounters of the Third Kind, 1977年)
* 『1941』(1941, 1979年)
* 『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』(Raiders of the Lost Ark, 1981年)
* 『E.T.』(E.T. the Extra-Terrestrial, 1982年)
* 『トワイライト・ゾーン 超次元の体験』 (Twilight Zone: The Movie, 1983年) (監督4名によるオムニバス作品の第2話)
* 『プロローグ 本当に怖いもの』ジョン・ランディス監督作品
* 『第1話 偏見の恐怖』ジョン・ランディス監督作品
* 『第2話 真夜中の遊戯』スティーブン・スピルバーグ監督作品
* 『第3話 こどもの世界』ジョー・ダンテ監督作品
* 『第4話 2万フィートの戦慄』ジョージ・ミラー監督作品
* 『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』(Indiana Jones and the Temple of Doom, 1984年)
* 『世にも不思議なアメージング・ストーリー』(Amazing Stories, 1985年)
 * 『最後のミッション』 出演:ケヴィン・コスナー/キーファー・サザーランド
* 『ゴースト・トレイン』 出演:ドリュー・バリモア/ルーカス・ハース
* 『カラー・パープル』(The Color Purple, 1985年)
* 『太陽の帝国』(Empire of the Sun, 1987年)
* 『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』 (Indiana Jones and the Last Crusade, 1989年)
* 『オールウェイズ』(Always, 1989年)
* 『フック』(Hook, 1991年)
* 『ジュラシック・パーク』(Jurassic Park, 1993年)
* 『シンドラーのリスト』(Schindler's List, 1993年)
* 『ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク』 (The Lost World: Jurassic Park, 1997年)
* 『アミスタッド』(Amistad, 1997年)
* 『プライベート・ライアン』(Saving Private Ryan, 1998年)
* 『A.I.』(Artificial Intelligence: AI, 2001年)
* 『マイノリティ・リポート』 (Minority Report, 2002年)
* 『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』(Catch Me If You Can, 2002年)
* 『ターミナル』(The Terminal, 2004年)
* 『宇宙戦争』(War of the Worlds, 2005年) (H・G・ウェルズ原作『宇宙戦争』の再映画化)
* 『ミュンヘン』(Munich, 2005年)

公開予定の監督作品
* 『インディ・ジョーンズ4』(Indiana Jones and the Kingdom of the Crystal Skull, 2008年)
* 『タイトル未定/エイブラハム・リンカーン計画』(Untitled Steven Spielberg/Abraham Lincoln Project, 未定)
* 『The Pacific』太平洋戦争についての戦争連載テレビドラマ

主な製作作品
* 『グレムリン』(Gremlins, 1984年)
* 『世にも不思議なアメージング・ストーリー』(Amazing Stories, 1985年)
* 『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(Back to the Future, 1985年)
* 『インナー・スペース』(Innner Space,1987年)
* 『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』(Back to the Future Part II, 1989年)
* 『ロジャー・ラビット』(Who Framed Roger Rabbit,1988年)
* 『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3』(Back to the Future Part III, 1990年)
* 『グレムリン2 新・種・誕・生』(Gremlins 2: The New Batch, 1990年)
* 『タイニー・トゥーンズ』(Tiny Toon Adventures, 1990年-1992年, 1994年, 1995年)(テレビアニメ)
* 『アニマニアックス』(Animaniacs, 1993年-1999年) (テレビアニメ)
* 『キャスパー』 (Casper, 1995年)
* 『ピンキー&ブレイン』 Pinky and the Brain, 1995年-1999年) (テレビアニメ)
* 『ツイスター』(Twister,1996)
* 『メン・イン・ブラック』(Men in Black, 1997)
* 『ディープ・インパクト』(Deep Impact, 1998)
* 『マスク・オブ・ゾロ』(The Mask of Zorro, 1998)
* 『チキンラン』(Chicken Run, 2000)
* 『バンド・オブ・ブラザース』(Band of Brothers, 2001)(テレビドラマ)
* 『メン・イン・ブラック2』(Men in Black II, 2002)
* 『TAKEN』(Taken, 2002)(テレビドラマ)
* 『レジェンド・オブ・ゾロ』(The Legend of Zorro, 2005)
* 『SAYURI』(Memoirs of a Geisha, 2005)
* 『父親たちの星条旗』(Flags of Our Fathers, 2006)
* 『硫黄島からの手紙』(Red Sun, Black Sand, 2006)
* 『トランスフォーマー』(Transformers, 2007)

カメオ出演
* 『ブルースブラザーズ』("The Blues Brothers",1980)
* 『バニラ・スカイ』
* 『オースティン・パワーズ ゴールドメンバー』


* タイム誌が選ぶ20世紀の100人:スティーヴン・スピルバーグ(英語)





出典: Wikipedia
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