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ショーシャンクの空に
- 2008/03/10(Mon) -
ショーシャンクの空にショーシャンクの空に
(2007/12/07)
ティム・ロビンス、モーガン・フリーマン 他

商品詳細を見る
希望を捨ててはいけない、という大切な事を教えてくれる作品です。
何回観ても飽きないのは、やはり名作だからだと思います。


ショーシャンクの空に
原題:The Shawshank Redemption

監督 フランク・ダラボン
製作総指揮 リズ・グロッツァー,デイヴィッド・レスター
製作 ニキ・マーヴィン
原作 スティーブン・キング
脚本 フランク・ダラボン
音楽 トーマス・ニューマン
撮影 ロジャー・ディーキンス
編集 リチャード・フランシス・ブルース
配給 コロムビア映画 / ワーナー・ブラザーズ 1994年9月10日,松竹富士 1995年6月3日
上映時間 143分
製作国 アメリカ合衆国
言語 英語
制作費 $25,000,000
興行収入 $28,300,000


「ショーシャンクの空に」(The Shawshank Redemption)は1994年のドラマ映画で、スティーブン・キング(Stephen King)のノベラ、「刑務所のリタヘイワース」(Rita Hayworth and Shawshank Redemption)を元にフランク・ダラボン(Frank Darabont)脚本・監督を務めた作品である。
主演のアンディ・デュフレーン役にティム・ロビンズ(Tim Robbins)、エリス・ボイド「レッド」レディング役にモーガン・フリーマン(Morgan Freeman)を配している。

映画は、身に覚えのない罪を着せられ、20年近くの残虐な内部組織まで腐敗しきったショーシャンク州刑務所という架空のメイン州の刑務所に投獄された、一人の銀行員アンディの生活と、その脱出劇、受刑者仲間のレッドとの友情を描いたヒューマンドラマである。この映画は興行成績と人気との間にギャップがあると実証している。

劇場公開当初は 『フォレスト・ガンプ/一期一会』 や 『パルプ・フィクション』、『スピード』 などの話題作に隠れて興行成績は芳しくなかった。事実、興行収入は制作費をギリギリ回収できただけであり、宣伝費を含めれば赤字となっていた。最終的に第67回アカデミー賞において7部門へノミネートされるまでに到ったものの、その賞全てを先述の 『フォレスト・ガンプ/一期一会』 に浚われた「無冠の名作」でもある。

その後ビデオ販売・レンタルが開始されると、これを鑑賞し作品完成度の高さを知ったユーザーからのクチコミを中心にファンが激増していった。観逃しやすい名作である事から「映画ファンの踏み絵的作品」とも言われ、Internet Movie Databaseを始めとした国内外の映画批評サイトなどにおいても、公開後10年以上経った現在でも視聴者からのレビュー数の多さ・評価の高さで映画史上最高峰に位置付けられる作品である。


希望を捨ててはいけない、という大切な事を教えてくれる作品です。
何回観ても飽きないのは、やはり名作だからだと思います。



キャスト
*ティム・ロビンス Tim Robbins: Andy Dufresne
*モーガン・フリーマン Morgan Freeman : Ellis Boyd "Red" Redding
* ボブ・ガントン Bob Gunton: Warden Norton
*ウィリアム・サドラー  William Sadler : Heywood
* クランシー・ブラウン  Clancy Brown: Capt. Hadley
*ギル・ベローズ  Gil Bellows : Tommy
*マーク・ロルストン Mark Rolston : Boggs Diamond
*ジェームズ・ホイットモア James Whitmore:Brooks Hatlen



ストーリー   ネタバレ

1947年、アンディ・デュフレーン(Tim Robbins)という名の一人の若い銀行員が、間違って、妻とその愛人の殺害の強力な状況証拠による有罪判決を受けてしまい、悪名高きメーン州のショーシャンク刑務所で受刑するよう、それぞれの犯罪について2刑期分連続で宣告されてしまう。数日後、刑務所受刑者のエリス・ボイド「レッド」レッディング(Morgan Freeman) はショーシャンク刑務所仮出所委員会に出席し、仮出所を拒絶されてしまう。レッドは刑務所構内でアンディ・デュフレーンを含む新しい受刑者達の到着を目撃する。所長のサミュエル・ノートンと刑務所警備長のバイロン・ハドレイに不吉で脅しの入った紹介を受け、アンディと新しい受刑者達は、シラミ取りを吹きかけられ、それぞれの官房へ振り分けられた。一人の受刑者が官房で取り乱すとすぐに、ハドリー警護長は彼を引っ張り出し、意識がなくなるまで叩き、怪我を負わせ、とうとう殺してしまった。

アンディは徐々にレッドの仲間達と知り合うようになっていき、特に禁制品の調達屋として知られるレッド本人と知り合いになっていった。アンディはレッドに近づき、岩石の収集の趣味を続ける為に、ロックハンマーを注文する。友情はすぐに育った。アンディは始め刑務所の洗濯室で働き始め、「シスター」と呼ばれる受刑者の加虐的なグループのレイプに悩まされた。ある夜、映画の上映時間に、アンディはレッドに独房にリタ・ヘイワースのポスターが欲しいと頼んだ。

ある日、アンディのファイナンスに関する知識がハドリー警備長の脱税を調整するのに役立った。アンディは刑務所図書館のブルックス・ハトレンの補佐役に任命され、それが優先扱いの最初の例で、彼は、メーン州議会に図書館を発展させる為の資金を組んでもらえるよう手紙を書いた。アンディは間に合わせの事務所を開設し税と金融のサービスを提供し、それを利用する警備員の数も増えていき、アンディのクライアントは刑務所すべてのスタッフと他の刑務所の警備員達と、刑務所所長のノートンにまで及んだ。映画館から出る時、アンディが一度、誘いをかけられ、シスター達にひどく打たれ、刑務所警備員達は、自警団を作り、シスターのボスのボッグズに罰を与えた。アンディが今や間違った扱いから守られていることは、すべての受刑者に明白だった。ボッグズはハドリー警備長から野蛮な報復を受け永久に病院送りになり、アンディは決して二度と他の受刑者達の犠牲になることはなかった。

ショーシャンクで10年近くを過ごした後、アンディとレッドは、取り乱して、敵意を持ち、ヘイウッドの喉元にナイフを当てているブルックスを見つける。ブルックスの仮出所は承認され、1905年から入所している彼は刑務所での暮らしに慣れ、現実の世界での生活を恐れていた。刑務所の壁の外で、ブルックスは虚無に直面し、孤独で孤立していて、仕事にも行き詰っていた。彼は、最後の手紙を更正訓練施設の彼の部屋で首を吊る前に、ショーシャンクの友人に宛てて書いた。

所長のサミュエル・ノートンはアンディの能力を利用し、受刑者が地元の建設業のプロジェクトに携われるようにシステムを考案する。彼の本当の動機は、このシステムから来る利益の汚職で、アンディは不正な身元を作り出し、ノートンの為に、基金の使い込みを隠した。同年、刑務所図書館が拡張され、アンディは受刑者達が高校卒業資格が取得できるよう助け始める。そして1965年、一人の若い、トミー・ウィリアムという受刑者がショーシャンクに入所してきて、前の同房メイトの、アンディの長い求刑が無実である話を聞かせた。もしアンディが自由になると暴露を恐れたノートン所長は、ハドリーを使ってトミーを殺し、アンディを独房へ入れた。ノートンは、アンディが彼との共謀を続けないのなら、警備員達の保護を撤退させる、と脅迫した。

2ヵ月後、アンディは監禁独房から開放され、メインの刑務所に戻ったが、壊れた男のように見えた。構内で、彼は不吉な指示をレッドにする、それは、もしレッドが釈放されたら、とある干草牧場のとある場所に埋めてある何かを見つけて欲しいというものだった。アンディの友人達は彼がブルックのように自殺を考えているのではないか、と思った。次の日の朝、しかし、アンディは彼の独房から消えており、リタから替えられたラクエル・ウェルチのポスターだけが、所長を見つめていて、そのポスターの裏に何年もかけてアンディが秘密裏に掘ることのできた長いトンネルのコースが隠されていて、所長はショックを受けた。ノートン所長は落ち着きをなくし、全力で脱走の後を追ったが、しかし、アンディは決して見つからなかった。

フラッシュバックの連続から、アンディが19年近くロックハンマーで壁に穴を開けて刑務所から逃げ出した事がわかった、少しずつセメントの壁の欠片を捨てつつ、ポスターで穴を隠しながら。彼はのろのろと500ヤードを下水管を進みながら完璧に逃げた。逃亡の後、アンディは偽の身元を、ウォーデンの汚職を隠すために早いうちに作り出したことを思った。ノートンの綺麗なスーツと靴を履いて、アンディは長年、ノートンの為に預金してきた資金を解約した。彼は所長の正体を暴露するために、地元の新聞社に詐欺の証拠を送った。逮捕される時、ハドリーは小さな女の子が泣きじゃくるようになり、ノートンは彼の事務所で自殺した。

それからまもなく、レッドがついに仮釈放された。ブルックに与えられた同じアパートと同じ仕事に就き、刑務所外の生活に慣れようとしたが、彼は、すぐにアンディの脱獄の前に約束した事を思い出した。レッドは、隠された場所でお金と指示を見つけ、ついにメキシコ沿岸のジフアタネホでアンディと再会する。


原作との違い

* 原作でアンディは小柄な男性として描かれているが、アンディ役のティム・ロビンスは190cmを超える長身である。

* 原作には映画のラストにある海のシーンはない。

* 原作・映画共に、レッドはアンディに「なぜ渾名がレッド(赤毛)なんだ?」と聞かれ、「アイルランド系だからさ」と答えるシーンがある。原作でのボイドは実際に(赤毛が多い)アイルランド系移民である点と、姓「レディング(Redding)」に因んだ渾名である事を説明するただの会話である。一方映画ではモーガン・フリーマン扮する黒人であることから、原作を踏まえたジョークにもなっている。




製作
ダラボンは、スティーブン・キングを、1983年の彼のショートフィルム「The Woman in the Room」で感動させた後、1987年に映画脚色権利を得る。これは、有名なキングの熱意ある映画業界によって作られたDollar Dealsの一つである。ダラボンは後日、スティーブン・キングの刑務所についての他の作品、「グリーン・マイル」を監督し、そして、キングのノベラ「The Mist」の脚本も手がけるようになる。

「ショーシャンクの空に」はオハイオ州の北中央に位置する、マンスフィールドの街やその周りで撮影されていた。刑務所はすぐに、マンスフィールドのダウンタウンの北にある、古く、うち捨てられてあったオハイオ州立少年院に決まった。少年院の建物は「Harry and Walter Go to New York」や「Air Force One 」、「Tango and Cash」といったいくつかの映画で使われている。刑務所のほとんどが、隣接するリッチランド更正施設の拡張工事の為、取り壊されているが、少年院のゴシックな管理棟だけは残されており、映画の重要な部分で使われ、観光客用のアトラクションにもなっている。本当のリチャード更正施設の所長は「ショーシャンクの・・・」に、バスの中でトミーの後ろに座って、カメオ出演していて、他の所員達も小さな役を貰ったりしていた。

いくつかの外でのシーンはオハイオ州ルーカスに程近い、the Malabar Farm State Parkで撮影された。アンディが家の外で駐車して妻の殺害について深く考えているシーンは、公園内のthe Pugh Cabinで撮影された。バックストンの村と、レッドがアンディの隠した手紙を見つける私有地は、公園の入り口の反対側にある、ブルームフィールド通りに位置している。かしのは木はその通りからはっきりと鮮明に見れる。隣接する岩の壁は、映画の為に特別に作られていて、通りからの丘よりも遠くに位置している。その壁は今でも立っているが侵食が激しい。他のシーンは、オハイオ州のアッシュランド、バトラー、アッパー・サンダスキーとメーン州のポートランドで撮影されている。

仮出所の書類のレッドの若い頃の写真は、モーガン・フリーマンの息子のアルフォンソのものだった。アルフォンソは、アンディの初入所の時に、列が動揺している間、「新鮮な魚!新鮮な魚!」と熱狂的に叫んでいたのも見られる。アルフォンソは後に、父親の役柄のレッド役で、10周年記念のセカンド・ディスクに入っている、「ショーシャンクの空に」のパロディ短編映画に出演している。

映画は「アレン・グリーンの想い出に」と括られている。ダラボンは、この映画を完成の間際にエイズで死んだ友人のアレン・グリーンⅡに捧げた。



解釈
ロガー・エバートは、特に、刑務所という高潔さが欠落している場所でのアンディ・デュフレーンの高潔さが物語のストーリー・ラインの中で重要なテーマであると提案している。アンディは、ほとんど誠実さのない犯罪者や警備員達の中にあって、道徳という名のものを固辞しているという点で個人的に高潔である。加えて、多くの批評家達が、希望の持ち方、原罪、償い、魂の救済と、来世への信仰といった、キリスト教のたとえ話と解釈している。多くのキリスト教レビュアー達が、キリスト教原理の真実が描かれた映画として挙げている。十周年記念の監督のコメンタリー・トラックでは、ダラボンは、そのような比喩や映画の素晴らしさを説いた熱狂を否定している。


批判的な反応
・1994年のアカデミー賞では、この映画は7つの部門でノミネートされた(最優秀作品、最優秀助演男優賞-モーガン・フリーマン、最優秀脚本賞、最優秀映像賞、最優秀編集賞、最優秀作曲賞、最優秀音楽賞)が、フォレスト・ガンプの圧勝の影で、一つも受賞出来なかった。
・1998年、ショウシャンクはAFI100年の100作品に選ばれなかったが、9年後(2007年)72位になり、批評家の間では賞賛を浴びたフォレスト・ガンプ(76位)、パルプ・フィクション(94位)は、に留まった。
・1999年、映画評論家のロジャー・エバート(Roger Ebert)はショウシャンクを彼の「偉大な映画」のリストに加え、映画雑誌「エンパイア(Empire)は読者の世論調査で、映画は偉大な映画のリストの、2004年には5位にランクし、2006年には第1位にランクした。


音楽
スコアーは、トーマス・ニューマン(Thomas Newman)によって作曲され、1994年のアカデミー賞作曲賞にノミネートされた。興味深い事に、メイン・テーマ(サウンド・トラック・アルバムでは「End Titles」)は現代の聴衆に、感動的な音楽として知られていて、多くの感動的で、ドラマティックか、またはロマンティックな映画の予告編に使われており、それは、ジェームズ・ホーナーの「エイリアン」のエンド・ミュージックが多くのアクション映画の予告編に使われているのに似ている。



キングの他の小説について

ステーブン・キングのノベラ、「Apt Pupil」では、アーサー・デンカーが株を買うのに手伝ってくれた銀行員の名前がアンディ・デュフレーンだと気づき、キングの小説「Dolores Claiborne」の映画脚本には、題名の人物が自分の口汚い夫を「ショーシャンクの任期」で脅迫する。「It」の中で、スティーブン・ビショップ・ドゥベイが第1級過失致死罪の有罪判決を下され15年の刑期を宣告された時、ショーシャンク州立刑務所が出てきた。チェリー・ラモニカの死が多分、彼女のボーイフレンドのうちの一人によってなされた時、ショーシャンク州立刑務所はまた出てきて、一人は武装強盗でショーシャンクに入れられ、それはおそらくトミーだろう。ショーシャンクは「Needful Things 」でエース・メリルが「The Body」の中で犯罪に手を染めた後、短い間服役した場所として書かれた。「The Body」は思春期の子供達の映画「Stand by Me」の脚本の元になったノベラである。ショーシャンクは「The Dead Zone」という、同じ名前の小説の人物をベースにしたTVシリーズの中にも見つけることが出来る。

「Blaze」はリチャード・バックマンの小説で、以前何年間か書いた版をより洗練させたもので、キングによって「トランク・ノベル」として語られている。その中で、題名の犯罪にまみれた人物は、しばしば、枯れた相棒のジョージと本当のパートナーシップの重要さの話をしている。ある出来事でジョージはブレイズの愚かさを非難し、ショーシャンクで最後を迎えたくないと懇願している。



その他
・アンディはレッドにリタ・ヘイワースの映画「ギルダ」の上映中にヘイワースのポスターを頼む。そのポスターは、その映画のワンシーンを描く。彼は、結局、「The Seven Year Itch 」でスカートが巻き上げられたマリリン・モンローのポスターに変え、後に、1967年まで公開されなかった映画「One Million Years B.C.」のラクエル・ウェルチのものに取り替えた。
・アンディが、刑務所図書館に関して最初の答えをメーン州議会から受け取った時、輸送されてきた貨物に「フィガロの結婚」のレコードが含まれいた。ノートンを無視して、アンディは「Sull'aria Che soave zeffiretto」というデゥエットを刑務所のラウンド・スピーカーに流して、受刑者達と警護者達に聞かせた。
・図書館の本を分別している時、ヘイウッドはアンディに「巌窟王」のコピーが欲しいと頼んできた。アンディは、その本が脱獄についての本だと気づいた時、レッドはその本を教育教材セクションに分類しておくようアドバイスした・
・レッドにランデル・スティーブンスについて話した時、その想像上の人物はマネー・ロンダリングを隠す為に、アンディはランデル・スティーブンスは「・・ハーベイ・ザ・ラビットの第二のいとこであると語った。アンディは、1950年代の映画「ハーベイ」から想像上の6フィートのウサギについて言及している。
・アンディの脱獄はジアコモ・カサノバの「生涯の想い出」に語られている脱獄のように静かだった。鎖から逃げる事を計画した時、カサノバはピックを聖書の裏に隠したが、アンディも彼のロックハンマーをそうやって隠した。カサノバは、また、聖人の絵で作った壁の穴を隠したりした。


影響
ニューヨーク・タイムズに報道された時、映画は2007年12月17日のニュース・ヘッドラインにその名があり、二人の受刑者がニュー・ジャージーの連合郡刑務所という警備が厚い刑務所から脱獄した時「ショーシャンク・スタイルの脱獄」だと、リポートされた。彼らはビキニ姿の女性の写真で、掘った穴を隠した。



ティム・ロビンス(Tim Robbins, 本名 Timothy Francis Robbins, 1958年10月16日-)
俳優、映画監督。アメリカ合衆国カリフォルニア州ウエストコビナ出身。
童顔でありながら身長195cmの大柄な俳優。
不朽の名作『ショーシャンクの空に』の主演俳優として知られる。

経歴
カリフォルニアで生まれ、子供の時にグリニッジ・ヴィレッジに移る。12歳の時から演劇に関わるようになり、ニューヨーク州立大学プラッツバーグ校で2年学び、UCLAのフィルム・スクールでさらに学ぶ。卒業後の1981年、ロサンゼルスにて劇団アクターズ・ギャングを立ち上げた。
1984年に映画デビュー。小さな役が続くが、1988年の『さよならゲーム』でマイナーリーグの新人投手を演じて注目される。また、この作品で後にパートナーとなるスーザン・サランドンと出会った。1992年にはロバート・アルトマンの『ザ・プレイヤー』で主演を務める。同年、初監督となる『ボブ★ロバーツ』を完成させる。1995年には死刑制度をテーマにした『デッドマン・ウォーキング』を監督し、自身もオスカーにノミネートされ、主演のスーザン・サランドンにはアカデミー主演女優賞をもたらした。
2003年、『ミスティック・リバー』でアカデミー助演男優賞とスクリーン・アクターズ・ギルド(SAG)賞を受賞。
パートナーのスーザン・サランドンと共にニューヨークに住んでいる。二人の間には息子が二人いる。
「死刑制度反対」や「イラク戦争反対」などの政治的発言を活発に行い、2007年3月18日にニューヨークで行われたイラク戦争反対デモにも参加している。

受賞歴
* 1992年、『ザ・プレイヤー』でカンヌ国際映画祭主演男優賞を受賞。
* 2003年、『ミスティック・リバー』でアカデミー助演男優賞を受賞。

出演作品
* 恋人ゲーム No Small Affair (1984)
* シュア・シング The Sure Thing (1985)
* トップガン Top Gun (1986)
* ハワード・ザ・ダック/暗黒魔王の陰謀 Howard the Duck(1986)
* 世にも不思議なアメージング・ストーリー Amazing Stories (1986)
* ファイブ・コーナーズ/危険な天使たち Five Corners (1987)
* さよならゲーム Bull Durham (1988)
* テープ・ヘッズ Tapeheads (1988)
* ミス・ファイヤークラッカー Miss Firecracker (1989)
* エリック・ザ・バイキング/バルハラへの航海 Erik the Viking (1989)
* キャデラック・マン Cadillac Man (1990)
* ジェイコブス・ラダー Jacob's Ladder (1990)
* ジャングル・フィーバー Jungle Fever (1991)
* ザ・プレイヤー The Player (1992)
* ボブ★ロバーツ Bob Roberts (1992)
* ショート・カッツ Short Cuts (1993)
* 未来は今 The Hudsucker Proxy (1994)
* ショーシャンクの空に The Shawshank Redemption (1994)
* プレタポルテ Prêt-à-Porter (1994)
* 星に想いを I.Q.(1994年)
* ナッシング・トゥ・ルーズ Nothing to Lose (1997)
* 隣人は静かに笑う Arlington Road (1998)
* ザ・シンプソンズ The Simpsons (1999) 声の出演
* オースティン・パワーズ:デラックス Austin Powers: The Spy Who Shagged Me(1999)
* ミッション・トゥ・マーズ Mission to Mars (2000)
* ハイ・フィデリティ High Fidelity (2000)
* サベイランス -監視- Antitrust (2001)
* ヒューマン・ネイチュア Human Nature (2001)
* シャレード The Truth About Charlie (2002)
* ミスティック・リバー Mystic River (2003)
* CODE46 Code 46(2003)
* 俺たちニュースキャスターAnchorman: The Legend of Ron Burgundy (2004)
* 宇宙戦争 War of the Worlds (2005)
* あなたになら言える秘密のこと La Vida secreta de las palabras (2005)
* ザスーラ Zathura(2005)
* 輝く夜明けに向かって Catch a Fire (2006)

監督作品

* ボブ★ロバーツ Bob Roberts (1992)
* デッドマン・ウォーキング Dead Man Walking (1995)
* クレイドル・ウィル・ロック Cradle Will Rock (1999)




モーガン・フリーマン(Morgan Freeman、1937年6月1日 - )
アメリカ合衆国テネシー州メンフィス出身の俳優、映画監督、ナレーター。

2004年『ミリオンダラー・ベイビー』でアカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞。その他『ショーシャンクの空に』『セブン』などのヒット作に出演歴があり、その安定感と味のある演技によってアメリカのみならず世界各国で賞賛を浴びる実力派国際俳優であり、最も名誉ある黒人俳優の一人でもある。身長189cm。左利き。

生い立ち
1937年6月1日、テネシー州メンフィスに出生。父モーガン・ポーターフィールド・フリーマン(1961年肝硬変により死去)は床屋で、母メイミー・エドナは清掃婦だった。モーガンには3人の兄がいる。フリーマン家はミシシッピ州グリーンウッド、インディアナ州ゲーリーなど多くの地を転々とした後イリノイ州シカゴに居を据えた。モーガンは8歳の時学生演劇で主役を務めている。12歳の時には州の演劇コンクールで優勝し、高校時代にはテネシー州ナッシュヴィルでラジオ演劇に出演していた。1955年、ジャクソン州立大学の演劇奨学金を断り合衆国空軍へと志願した。1960年代前半、モーガンはロサンゼルスへと移住。ロサンゼルスの短期大学に事務員として勤務した。一時期はニューヨークにも住んでいたことがあり1964年に開かれたニューヨーク万国博覧会でダンサーを務めた。またサンフランシスコではオペラ歌劇団にも所属していた。彼の実質的な役者デビューは巡業劇団に所属していた時に出演した『The Royal Hunt of the Sun』という劇で、1965年公開のシドニー・ルメット監督の『The Pawnbroker』という映画にも出演している。1967年には『The Niggerlovers』でヴィヴィカ・リンドフォースの相手役としてオフ・ブロードウェイにデビュー、翌年68年には役者全員が黒人バージョンの『ハロー! ドリー』でブロードウェイの舞台に立った。

経歴
端役としてではないフリーマンの最初の出演作品は1971年公開の『Who Says I Can't Ride a Rainbow?』という映画であったが、彼が有名になったのは連続テレビドラマシリーズ『Another World』とPBSテレビの子供番組『The Electric Company』だった。後に彼はもっと早く出演をやめるべきだった、と語っている。
「『The Electric Company』に関しては1~2年やって辞めるべきだった。でもお金に目が眩んだね。特別優遇措置みたいのがあってね。多くの俳優がそれを享受していた。彼らは真面目に役者業をやる気がなかった。僕もその一員になっていたけどね。それで「若者たちを愛しているぜ!」なんて言ってたんだ。そんなところに 3年という長い月日いてしまったよ」と後に彼は述べている。
1980年代前半からフリーマンは知的で温かみのあるキャラクターで助演男優として頭角を現す。有名になった彼はブルース・ベレスフォード監督『ドライビング Miss デイジー』(1987年)やエドワード・ズウィック監督の『グローリー』(1989年)など次第に主役級の役柄を演じるようになった。1994年、フランク・ダラボン監督の大ヒット作『ショーシャンクの空に』ではティム・ロビンスと共に主役レッドを演じ最高の評価を得た。彼の魅力が一気に開花したこの作品を機にケヴィン・レイノルド監督『ロビン・フッド』、デヴィッド・フィンチャー監督『セブン』、ミミ・レダー監督『ディープ・インパクト』など多くの映画で成功を収めた。
フリーマンはその特徴的な声色からナレーターとしての仕事も頻繁に入るようになった。2005年、スティーヴン・スピルバーグ監督『宇宙戦争』、アカデミー賞最優秀ドキュメンタリー映画賞を受賞した『皇帝ペンギン』のナレーターを務めた。
『N.Y.ストリート スマート』(1987年)、『ドライビング Miss デイジー』、『ショーシャンクの空に』でアカデミー賞助演男優賞にノミネートされていたが、遂に2004年にクリント・イーストウッド監督の『ミリオンダラー・ベイビー』で同賞を受賞した。
1997年、映画プロデューサー、ロリー・マクレーリーと共に映画制作会社「Revelations Entertainment」を設立。また二人は前社の姉妹会社にあたるオンライン映画配給会社「ClickStar」も立ち上げた。フリーマンは「ClickStar」内で「Our Space」というコーナーを持っており、彼が愛する宇宙工学や航空工学などのサイエンス系のビデオクリップを制作配信している。
2006年11月よりジャック・ニコルソン共演、ロブ・ライナー監督の新作『The Bucket List』の撮影に入る。作品は2007年公開予定。

私生活
1967年10月22日、ジャネット・アデア・ブラッドショウという女性と結婚したが1979年離婚。現在の夫人は1984年に結婚したマーナ・コリー・リー。彼は最初の結婚で二人の息子アルフォンソとサイフォレイ、娘ディーナ、モルガナがおり、フリーマンは前妻よりディーナを引き取っている。
彼は現在ミシシッピ州チャールストンとニューヨークに居を構えており、自家用飛行機運転免許を所有。またミシシッピ州クラークスデールにはMadidiというレストランとブルースクラブGround Zeroを所有している。
フリーマンはアフリカンアメリカン・コミュニティーが主催するBlack History Monthに対し公式に、それらのイベントに参加しない姿勢をとっている。『黒人の歴史はアメリカの歴史である』というのが彼の動機である。彼の強い主張によれば『黒人差別を無くすには、その話をしないことだ』と語っており『アメリカに「白人の日」は無い』と述べている。CBS放送のドキュメンタリー番組に出演した際にはインタビュアー(白人)に対し「私はあなたを「白人」とは呼ばない。そして私はあなたにお願いする、私を「黒人」と呼ばないように、と」と神妙な面持ちで述べた。
2006年5月13日、ミシシッピ州のデルタ州立大学より名誉博士号を贈られた。
2006年10月28日、ミシシッピ州ジャクソンで行われたMississippi's Best Awardsにて長年映画に出演している功績を評価されLifetime Achievement賞が贈られた。「彼はまるで父親のような存在だ」と大会主催者は語った。「フリーマン氏はどんな役を演じようとも誰も近づけない尊敬に値する人物の一人だ。と賞賛が贈られた。

出演作品
公開年 題名 役名 備考
1971 The Electric Company 子供向けテレビシリーズ
1978 Roll of Thunder, Hear My Cry ハマー叔父さん テレビ
1980 ブルベイカー ウォルター Brubaker
1981 The Marva Collins Story クラレンス・コリンズ テレビ映画
1984 りんご白書 アル・ルイス Teachers
1985 目撃者マリー チャールズ・トラバー Marie
1987 NYストリート・スマート ファスト・ブラック Street Smart アカデミー賞助演男優賞ノミネート
Fight for Life ドクター・シャレード テレビ映画
1989 グローリー ジョン・ローラインズ Glory
ドライビング Miss デイジー ホーク・コルバーン Driving Miss Daisy アカデミー賞主演男優賞ノミネート ベルリン国際映画祭最優秀共演賞
ワイルド・チェンジ ジョー・ルイス・クラーク Lean on Me
1990 虚栄のかがり火 レオナルド・ホワイト裁判官 The Bonfire of the Vanities
1991 ロビン・フッド アジーム Robin Hood: Prince of Thieves MTV映画賞コンビ賞ノミネート
1992 許されざる者 ネッド・ローガン Unforgiven アカデミー賞作品賞受賞
パワー・オブ・ワン ギール・ピエット The Power of One
1993 ボッパ! Bopha! 監督作品
1994 ショーシャンクの空に レッド The Shawshank Redemption アカデミー賞主演男優賞ノミネート
1995 セブン ウィリアム・サマセット Se7en MTV映画賞コンビ賞ノミネート
アウトブレイク ビリー・フォード Outbreak
1996 チェーン・リアクション ポール・シャノン Chain Reaction
モル・フランダース ヒブル Moll Flanders
1997 アミスタッド セオドア・ジャドソン Amistad
コレクター アレックス・クロス博士 Kiss the Girls
1998 ディープ・インパクト トム・ベック大統領 Deep Impact
フラッド ジム Hard Rain
2000 ベティ・サイズモア チャールズ Nurse Betty
アンダー・サスピション ヴィクター Under Suspicion
2001 スパイダー アレックス・クロス博士 Along Came a Spider
2002 トータル・フィアーズ ウィリアム・キャボット The Sum of All Fears
ハイ・クライムズ チャーリー・グリムス
2003 ブルース・オールマイティ 神 Bruce Almighty
ドリームキャッチャー エイブラハム・カーツ Dreamcatcher
2004 ミリオンダラー・ベイビー エディ・デュプリス Million Dollar Baby アカデミー賞助演男優賞受賞
The Hunting of the President ナレーター 日本未公開
ザ・ビッグ・バウンス ウォルター・クリュース The Hunting of the President
2005 ダニー・ザ・ドッグ ミチ・ブラッドリー Unleashed
宇宙戦争 ナレーター War of the Worlds
皇帝ペンギン ナレーター March of the Penguins
バットマン・ビギンズ ルーシス・フォックス Batman Begins
アンフィニッシュド・ライフ サム Unfinished Life
2006 エジソン・フォース アッシュフォード Edison Force
ラッキーナンバー7 ボス Lucky Number Slevin
10 Items or Less モーガン・フリーマン オンライン映画
ザ・スナイパー フランク・カーデン The Contract
2007 エヴァン・オールマイティ 神 Evan Almighty
The Bucket List
2008 Wanted スローン
The Dark Knight ルシス・フォックス

監督作品
* ボーファ! Bopha! (1996)
o (英語発音では「ボッパ!」。)

受賞歴
* 1987年全米映画批評家協会賞助演男優賞:『NYストリート・スマート』
* 1987年ニューヨーク映画批評家協会賞助演男優賞:『NYストリート・スマート』
* 1987年ロサンゼルス映画批評家協会賞助演男優賞:『NYストリート・スマート』
* 1987年インデペンデント・スピリット賞助演男優賞:『NYストリート・スマート』
* 1989年ゴールデングローブ賞男優賞:『ドライビングMissデイジー』
* 1990年ベルリン国際映画祭最優秀共演賞:『ドライビングMissデイジー』(ジェシカ・タンディと)
* 2004年アカデミー助演男優賞:『ミリオンダラー・ベイビー』




スティーブン・キング
スティーヴン・エドウィン・キング(Stephen Edwin King, 1947年9月21日 - )
アメリカのモダンホラー小説家。作品は世界各国で翻訳され読まれている。

概要
1974年に長編『キャリー』でデビュー。ジャンルはホラーであるにもかかわらず、作品には必ず人間味を感じさせる要素を織り込んでいる。ホラーばかりではなく、『ショーシャンクの空に(原題:「刑務所のリタ・ヘイワース)』や『グリーンマイル』など、映画化された話題作でも有名である。日常の中に潜む「ちょっとした不思議」を題材にした作品も目立つ。著作の多くが映画化またはドラマ化されている。


略歴
スティーヴン・E・キング(以下キングと呼ぶ)は、1947年米国メイン州のポートランドで、スコットランドとアイルランド人の祖先を持つ、父ドナルドと母ネリー・ルース・ピルズベリーの間の第2子として生まれる。子供を身ごもることすらできないと医者に言われた父母は、兄デイヴィッドを養子に迎えるが、その後、キングを身ごもり出産。父ドナルドは掃除機のセールスマンとして働いていたが、キング二歳の時に蒸発。その後キングの母は祖父母の面倒を見ながら朝から深夜まで働き、兄デイヴィッドとキングの2人を育てあげた。父ドナルドの消息は不明のまま。「薮蛇になりそうだから、父親の消息は調べない」とキングはさまざまなインタビューで語っている。

10歳のころより、『ファンタスティック』などのSF専門誌に投稿する。少年時代から殺人事件の新聞のスクラップを集めていた。家に風呂がなかったので、凍えるような寒い日でも、親戚の風呂を借りにかなりの距離を歩いていたにもかかわらず、肥満児だった。1966年に高校を卒業後、オロノにあるメイン大学(University of Maine)に入学し、1970年に卒業する。20歳のときに投稿した小説「鏡の床」が、『スタートリング・ミステリー・ストーリーズ』誌に掲載された。大学2年から学内新聞の『ザ・メイン・キャンパス』のコラムを毎週書くようになる。

キングはタビサ・スプルース (Tabitha Spruce) と、大学時代図書館でのアルバイト中に知り合い、1971年の1月に結婚する。結婚してまもない頃、キングは男性雑誌に小説を売り続け、この時代に書かれた短編は、『深夜勤務(Night Shift)』にその他の作品と一緒にまとめられている。

同年の秋、キングはメイン州の公立高校ハンプデン・アカデミーで英語のクラスを教え始め、深夜はクリーニング屋でアルバイト。妻はダンキンドーナツで働いて家計を助ける。この間、小説は夜間や週末に執筆することで、創作活動を続けていった。トレーラーハウスでの極貧生活、次々と生まれる子供たちに反してこれという作品が書けず、アルコールにおぼれていた日々もあった。

1973年の春に、米国大手出版会社のダブルデイ社が小説『キャリー(Carry)』の出版を引き受けたことで、キングは教職を離れ、小説家として一本立ちする決心をする。一度はごみ箱に捨てた作品だが、タビサ夫人が拾い上げて執筆を強く勧めた。母親ネリーは出版直前に癌で死亡。

『キャリー』は、1974年の春に出版され、その後映画化されてヒットする。同年の秋キングはメインを離れ、コロラド州ボルダーに移り住み、1年弱の滞在の間、コロラドを舞台とした『シャイニング(Shining)』を書く。 1975年の夏メイン州に戻り居を構えて、ボルダーを舞台とした『ザ・スタンド(The Stand)』を書き上げる。『デッド・ゾーン(The Dead Zone)』もこの時期に書かれる。

精神が安定しない時期があり、薬箱に入っている薬なら何でも飲んでしまうという、軽い薬物中毒の時期もあったが克服した。

熱狂的なファンが邸宅に侵入した事件が起こった。

キングとタビサの間には3人の子供がいる。名前はナオミ・レイチェル、ジョセフ・ヒルストロム(ジョー・ヒル)、オーウェン・フィリップといい、また現在3人の孫がいる。タビサ、ジョー・ヒル、オーウェン・フィリップは作家として活動している。


映像化作品について
キングの作品の映像化については、デビュー作『キャリー』映画化がヒットして以降、原作が映画化されたが、興行成績がふるわないものが多くなり、次々に映像化されるものの、ホラーではない『スタンド・バイ・ミー』以外は評価も興行成績も高くないという状況が10年以上続いた。『ミザリー』の高評価で一時見直されたが、やはり当たりはずれがあり、以後映像化された作品については、どちらかというと『ショーシャンクの空に』や『グリーンマイル』など非ホラー作品に高評価のものが多い。

スタンリー・キューブリック監督が映画化した『シャイニング』が気に入らず、自らテレビドラマ『シャイニング (テレビシリーズ)』(1997年)を監修した。キューブリック監督の映画を「空っぽのキャデラック」と酷評している。 テレビドラマ化される作品も多く、『ローズ・レッド』(Rose Red) などがヒット作として知られている。

そのほかキングが製作総指揮をとった映像作品としては、ラース・フォン・トリアー原作のテレビドラマをリメイクした『キングダム・ホスピタル』(Kingdom Hospital)がある。原作の舞台をアメリカ合衆国に移し、キングによる脚本をもとにリメイク作品が製作されたもので、原作に比べ大幅に改変が加えられた作品となっている。


作品同士のリンク
キングの作品は「ダーク・タワー」シリ-ズを中心に多くの作品がリンクしている。さらに、「ダークタワー」シリーズとは別にキャッスルロック、デリー(ともにメイン州の架空の街)等を繋がりにリンクする作品も多く、細かいリンクを辿るとほぼ全ての作品が繋がっている。

また、『レギュレイターズ』と『デスペレーション』では、全く同じ題材を全く違う視点、展開、タッチで描くという試みも行っている。

リチャード・バックマン
別ペンネームリチャード・バックマン名義で、『死のロングウォーク』、『バトルランナー』、『痩せゆく男』、『レギュレイターズ』などを発表した。『死のロングウォーク』は、キングの事実上の処女長編小説である。

キングが別ペンネームのリチャード・バックマンを使った理由は、キングが小説家としてのキャリアをスタートさせた当時、米国出版業界では1人の作家は1年に1冊だけ出版する、という風潮があった。そのころ多作型の作家は、別ペンネームを使うことで年に複数冊の作品を出版していたので、それにのっとりキングもリチャード・バックマン名義を別に使うことで、年に2冊みずからの作品を出版しようとした経緯がある。

その他の意図としては、同じ作家が別ペンネームで書いた本がどれだけ売れるかキングが試してみようとした、とも言われている。

なお、この試みはディーン・R・クーンツやピーター・ストラウブもかつてしていたとキングは述べている。

* ハイスクール・パニック(1977、Rage)
* 死のロングウォーク(1979、The Long Walk)
* 最後の抵抗(「ロードワーク」改題)(1981、Roadwork)
* バトルランナー(1982、The Running Man)
* 痩せゆく男(1984、Thinner)
* レギュレイターズ(1996、The Regulators)
* Blaze(2007、未訳)


主な作品
長編
* キャリー(1974, Carrie )
* 呪われた町(1975,'Salem's Lot )
* シャイニング(1977, The Shining)
* ザ・スタンド(1978, The Stand 1990年にThe Complete & Uncut Editionが出版。邦訳はこれを元にしている)
* デッドゾーン(1979, The Dead Zone)
* ファイアスターター(1980, Firestarter )
* クージョ(1981, Cujo )
* ダーク・タワーシリーズ(1982~2004, The Dark Tower)
o 第一巻「ガンスリンガー (The Gunslinger)」(1982)
o 第二巻「運命の三人 (The Drawing of the Three)」(1987 「ザ・スリー」改題)
o 第三巻「荒地 (The Waste Lands)」(1991)
o 第四巻「魔道師と水晶球 (Wizard & Glass)」(1997 「魔道師の虹」改題)
o 第五巻「カーラの狼(The Wolves of the Calla)」(2003)
o 第六巻「スザンナの歌(Song of Susannah)」(2004)
o 第七巻「暗黒の塔(The Dark Tower)」(2004)
* クリスティーン(1983, Christine)
* ペット・セマタリー(1983, Pet Sematary)
* タリスマン(1984, The Talisman ピーター・ストラウブと共著)
* 人狼の四季(1984, Cycle of the Werewolf「マーティ」改題)
* IT-イット-(1986, It 映画『IT』原作))
* ドラゴンの眼(1987, The Eyes of the Dragon)
* ミザリー(1987, Misery)
* トミーノッカーズ (1987, The Tommyknockers)
* ダーク・ハーフ (1989, The Dark Half)
* ニードフル・シングス(1991, Needful Things)
* ジェラルドのゲーム(1992, Gerald's Game)
* ドロレス・クレイボーン (1993, Dolores Claiborne)
* 不眠症(1994, Insomnia)
* ローズ・マダー (1995, Rose Madder)
* グリーンマイル(1996, The Green Mile)
* デスペレーション (1996, Desperation)
* 骨の袋 (1998, Bag of Bones)
* トム・ゴードンに恋した少女 (1999, The Girl Who Loved Tom Gordon)
* アトランティスのこころ(1999, Hearts in Atlantis)
* ドリームキャッチャー(2001, Dreamcatcher)
* ライディング・ザ・ブレット(2000,Riding the Bullet 本国では短編集に収録された短編の一つだが、邦訳版はこの一編で一冊として出版されている)
* ブラックハウス(2001, Black House ピーター・ストラウブと共著)
* 回想のビュイック8(2002, From a Buick 8)
* コロラド・キッド(2005, The Colorado Kid)
* セル(2006, Cell)
* Lisey's Story(2006, 未訳)

短編集
* 深夜勤務(1978, Night Shift )
邦訳版では深夜勤務、トウモロコシ畑の子供たちの二冊に分冊。

* 骸骨乗組員(1985, Skeleton Crew )
邦訳版では骸骨乗組員、神々のワードプロセッサ、ミルクマンの三冊に分冊。

* Nightmares & Dreamscapes (1993, EN)
邦訳版は、ハードカバーでいかしたバンドのいる街で、ヘッド・ダウンの二冊に、 文庫本でドランのキャデラック、いかしたバンドのいる街で、メイプル・ストリートの家、ブルックリンの八月の四冊にそれぞれ分冊。

* なにもかもが究極的(2002, Everything's Eventual: 14 Dark Tales )
邦訳版では第四解剖室、幸福の25セント硬貨、ライディング・ザ・ブレットの三冊に分冊。

中編集
* 恐怖の四季(1982, Different Seasons )
o 刑務所のリタ・ヘイワース(Rita Hayworth and Shawshank Redemption 映画『ショーシャンクの空に』原作)
o ゴールデンボーイ(Apt Pupil )
o スタンド・バイ・ミー(The Body )
o マンハッタンの奇譚クラブ(The Breathing Method )
邦訳版ではゴールデン・ボーイ(春夏編)、スタンド・バイ・ミー(秋冬編)の二冊に分冊。

* Four Past Midnight(1990, EN)
o ランゴリアーズ(The Langoliers )
o 秘密の窓、秘密の庭(Secret Window, Secret Garden )
o 図書館警察(The Library Policeman )
o サンドッグ(The Sun Dog )
邦訳版ではランゴリアーズ、図書館警察の二冊に分冊。

ノンフィクション
* 死の舞踏(1981, Danse Macabre )
* 小説作法(2000, On Writing: A Memoir of the Craft )

映画・テレビオリジナル脚本
* ゴールデン・イヤーズ (1991, Golden Years)

本人もカメオ出演している。

* X-ファイル 第5シーズン第107話「ドール」 (1998, Chinga)
* 悪魔の嵐 (1999, Storm of the Century)

その他
* 宮部みゆきはスティーヴン・キングのファンであり、ファンタジー小説『ブレイブ・ストーリー』はキングの『タリスマン』に影響を受けている。また小野不由美のホラー小説『屍鬼』もキングの『呪われた町』へのオマージュである。
* 『死のロングウォーク』は『バトル・ロワイアル』の元ネタになっている。
* ホラー映画『クリープショー』(監督:ジョージ・A・ロメロ)の脚本を担当し、第2話「ジョーディ・ヴェレルの孤独な死」に主演。
* MLBのボストン・レッドソックスの熱狂的なファンであり、レッドソックスの本拠地フェンウェイパークの試合に時々観戦に訪れ、テレビカメラにその姿を見つけ出されている。また、『IT』や『ドリームキャッチャー』などで少年の服装にレッドソックスのシャツやジャンパーを着せている他、『トム・ゴードンに恋した少女』でレッドソックスの投手に憧れる少女を主人公として登場させている。
* 熱狂的なロックファンで地元のロック専門ラジオ局のオーナーでもある。その為か彼の作品を原作とする映画のサウンドトラックには大物ロックバンドが楽曲を提供する事が多い。また作家仲間とロックバンドを組んでおり、そのバンドのモットーは「メタリカが小説を書くのと同じくらい上手く演奏する」である。
* X-FILE♯510・ドールの脚本を担当したが第一稿では主人公であるモルダーとスカリーを登場させ忘れた。
* 緑内障を患っている。かなり深刻な状況で近い将来失明の恐れがあるという。
* 蜘蛛が何よりの苦手。



フランク・ダラボン(Frank Darabont, 1959年1月28日-)
アメリカ合衆国の脚本家、映画監督。

来歴
フランス・モンベリアルにて生まれる。両親はハンガリー動乱のために、難民としてフランスに逃れたハンガリー人。ダラボンが幼児期にアメリカに移住。
大傑作『ショーシャンクの空に』を監督し一躍その名を轟かせ、同じスティーブン・キング原作の非ホラー小説『グリーンマイル』も映画化、監督して大きな興行成功を収めた。だが、監督作品はたった三本であり、製作・脚本の担当がほとんどである。また、ノンクレジットで脚本の手直しをしたりもしている(ジョージ・ルーカスは、『スター・ウォーズ エピソード2/クローンの攻撃』の脚本構成に当たって、フランク・ダラボンにアドバイスをもらったと当該作品のメイキング映像で語っている)。
なお、現在スティーヴン・キングの短編小説『霧』(『骸骨乗組員』所収)を撮影中であり、キャストにはキング作品の『ドリームキャッチャー』にも出演したトーマス・ジェーンが参加している。

主な作品
監督
* ショーシャンクの空に The Shawshank Redemption (1994)
* グリーンマイル The Green Mile (1999)
* マジェスティック The Majestic(2001)
脚本
* エルム街の悪夢3/惨劇の館 A Nightmare On Elm Street 3: Dream Warriors (1987)
* ブロブ/宇宙からの不明物体 The Blob (1988)
* ザ・フライ2/二世誕生 The Fly II (1988)
* フランケンシュタイン Frankenstein (1994)
* プライベート・ライアン Saving Private Ryan (1998)
製作
* THE SALTON SEA ソルトン・シー The Salton Sea (2002)
* コラテラル Collateral (2004)



トーマス・ニューマン(Thomas Newman, 1955年10月20日 - )
アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルス出身の作曲家。
多くの映画音楽を手がけていることで知られている。
いわゆる「ニューマン・ファミリー」の一員で、父アルフレッド、叔父ライオネル、兄デイヴィッド、従兄弟のジョーイとランディも映画音楽の作曲家である。
イェール大学で学び、1984年の 『俺たちの明日』 を始めとして映画音楽を手がけるようになる。1994年、『若草物語』 と 『ショーシャンクの空に』 の両方でアカデミー作曲賞にノミネート。以来6回ノミネートされているが、受賞はしていない。
主な作品
* 俺たちの明日 Reckless (1984)
* マドンナのスーザンを探して Desperately Seeking Susan (1985)
* ジャンピン・ジャック・フラッシュ Jumpin' Jack Flash (1986)
* ロストボーイ The Lost Boy (1987)
* レス・ザン・ゼロ Less Than Zero (1987)
* 私のパパはマフィアの首領Cookie (1989)
* 悲しみよさようなら Welcome Home, Roxy Carmichael (1990)
* フライド・グリーン・トマト Fried Green Tomatoes (1991)
* ザ・プレイヤー The Player (1992)
* セント・オブ・ウーマン/夢の香り Scent of a Woman (1992)
* ショーシャンクの空に The Shawshank Redemption (1994)
* 8月のメモワール The War (1994)
* 若草物語 Little Woman (1994)
* スリーサム Threesome (1994)
* キルトに綴る愛 How to Make an American Quilt (1995)
* フェノミナン Phenomenon (1996)
* ラリー・フリント The People vs. Larry Flynt (1996)
* マッド・シティ Mad City (1997)
* 北京のふたり Red Corner (1997)
* オスカーとルシンダ Oscar and Lucinda (1997)
* モンタナの風に抱かれて The Horse Whisperer (1998)
* ジョー・ブラックをよろしく Meet Joe Black (1998)
* アメリカン・ビューティー American Beauty (1999)
* グリーンマイル The Green Mile (1999)
* エリン・ブロコビッチ Erin Brockovich (2000)
* ペイ・フォワード 可能の王国 Pay It Forward (2000)
* イン・ザ・ベッドルーム In the Bedroom (2001)
* シックス・フィート・アンダー Six Feet Under (2001-2004) - テレビシリーズ
* ロード・トゥ・パーディション Road to Perdition (2002)
* ホワイト・オランダー White Oleander (2002)
* エンジェルス・イン・アメリカ Angels in America (2003)
* ファインディング・ニモ Finding Nemo (2003)
* レモニー・スニケットの世にも不幸せな物語 emony Snicket's A Series of Unfortunate Events (2004)
* シンデレラマン 'Cinderella Man (2005)
* ジャーヘッド Jarhead (2005)
* リトル・チルドレン Little Children (2006)
* さらば、ベルリン The Good German (2006)
* シッコ Sicko. (2007)




出典: Wikipedia
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ショコラ
- 2008/01/25(Fri) -
ショコラ【廉価2500円版】ショコラ【廉価2500円版】
(2007/03/02)
ジュリエット・ビノシュ、ジョニー・デップ 他

商品詳細を見る


ショコラ
原題:Chocolat

監督 ラッセ・ハルストレム
原作 ジョアンヌ・ハリス
脚本 ロバート・ネルソン・ジェイコブス

キャスト
*ジュリエット・ビノッシュ Juliette Binoche : Vianne Rocher
*ヴィクトワール・ティビソル Victoire Thivisol : Anouk
*アルフレッド・モリーナ Alfred Molina : Comte de Reynaud
* キャリー=アン・モス Carrie-Anne Moss : Caroline Clairmont
* ジュディ・デンチ Judi Dench : Armande Voizin
* ジョニー・デップ Johnny Depp : Roux 他

「ショコラ」はラッセ・ハルストレム(Lasse Hallström )の監督作品。2000年の映画で、ジョアン・ハリス(Joanne Harris)の小説を元にロバート・ネルソン・ジェイコブス(Robert Nelson Jacobs)が脚色した映画である。「ショコラ」はジュリエット・ビノッシュ(Juliette Binoche)演じる若い母親が、架空の抑圧されたフランスの村、Lansquenet-sous-Tannes に6歳の娘とたどり着き、「La Chocolaterie Maya」という小さなチョコレート菓子屋を開店する。彼女のチョコレート菓子はすばやく村の人々の生活を変え始めた。

映画はフランスのブルグント王国のFlavigny-sur-Ozerain 村と、Beynac県のthe Rue De L'ancienne Posteと、ドルドーニュ県のドルドーニュ川で撮影された。川のシーンは、イングランドのウィルトシャー州のフォントヒル・ビショップ村のフォントヒル湖で撮影された。


ストーリー ネタバレ

先祖のように、ヴィアンヌ・ロチャー(Juliette Binoche)は北風が吹く時、国々をさまよいながら北風に従った。1959年の冬、賢い風は、静かなフランスの村へ彼女を導き、娘のアヌーク(Victoire Thivisol)とともに小さなチョコレート屋を開いた。この店は四旬節の40日間(断食の期間)の間に開店したので、古風な村人達に驚きと懸念をもたらした。

まもなく、ヴィアンヌの深い魅力的なぴりっとしたお菓子は、結婚したカップルに催淫効果を与え、年老いた老人の秘密の恋を励まし、わがままな糖尿病患者に調和をもたらし、長い間、泥酔と口汚い夫とともにいた一人のぎこちない女性を慰めた。それでもなお、敬虔な教区の司祭、ポール・デ・レイナルド伯爵は、ヴィアンヌを道徳心のない工作員のように見なして、静かに彼女に対して競争していった。戦いは、川ジプシーが村の郊外にキャンプをして、ヴィアンヌがアイルランドのさすらい人のルー(Johnny Depp)に互いに惹かれて合っている頃にピークを迎えた。

宗教と人間関係の複雑な絡み合い、そして大人の事情に飲み込まれている子どもたち、また、愛する人を遠く思い続ける大人たちの感情が秘められた映画である。


受賞

ヨーロッパ映画賞 最優秀主演女優賞 ジュリエット・ヴィノッシュ
パーム・スプリングス国際映画祭 視聴者賞 ラッセ・ハルストレム
サン・ディエゴ映画批評家協会賞 最優秀脚色賞 ロバート・ネルソン・ジェイコブス
映画俳優ガイド賞 最優秀助演女優賞 ジュディ・デンチ



また何度でも観たいと思わせる作品です。ジュリエット・ビノッシュがこんなに綺麗だったかな?と感じました。ジョニー・デップも好演しています。不思議な雰囲気のある作品です。



ジュリエット・ビノッシュ(Juliette Binoche, 1964年3月9日 - )
フランス・パリ出身の女優。
『トリコロール/青の愛』(1993年)でヴェネチア国際映画祭女優賞とセザール賞主演女優賞を、『イングリッシュ・ペイシェント』(1996年)でベルリン国際映画祭銀熊賞とアカデミー賞助演女優賞を受賞している。
来歴
1964年にフランス人舞台監督の父とポーランド人女優の母の間に生まれる。
パリの芸術高校に進んだのち、パリ国立演劇学校 (CNSAD) にて学ぶ。
1983年公開の『Liberty Bell』にて映画初出演。
1988年公開の『存在の耐えられない軽さ』でアメリカ映画に初出演する。
1993年に長男ラファエルを出産。また、『年下のひと』で共演したブノワ・マジメルとの間に女児を生むが2003年に別れる。
主な出演作品
* ゴダールのマリア Je vous salue, Marie (1985年)
* 汚れた血 Mauvais sang (1986年)
* 存在の耐えられない軽さ The Unbearable Lightness of Being (1988年)
* ポンヌフの恋人 Les Amants du Pont-Neuf (1991年)
* 嵐が丘 Wuthering Heights (1992年)
* ダメージ Damage (1992年)
* トリコロール/青の愛 Trois couleurs: Bleu (1993年)
* プロヴァンスの恋 Le Hussard sur le toit (1995年)
* カウチ・イン・ニューヨーク Un divan à New York (1996年)
* イングリッシュ・ペイシェント The English Patient (1996年)
* 年下のひと Les Enfants du siècle (1999年)
* サン・ピエールの生命(いのち) La Veuve de Saint-Pierre (1999年)
* コード:アンノウン Code inconnu: Récit incomplet de divers voyages (2000年)
* ショコラ Chocolat (2000年)
* シェフと素顔と、おいしい時間 Décalage horaire (2002年)
* 綴り字のシーズン Bee Season (2005年)
* 隠された記憶 Caché (2005年)
* パリ、ジュテーム Paris, je t'aime (2006年)
* こわれゆく世界の中で Breaking and Entering (2006年)

主な受賞
* トリコロール/青の愛(1993年)
第50回ヴェネチア国際映画祭 女優賞 受賞
第19回セザール賞 主演女優賞 受賞
* イングリッシュ・ペイシェント(1996年)
第47回ベルリン国際映画祭 銀熊賞(女優賞) 受賞
第69回アカデミー賞 助演女優賞 受賞
第50回英国アカデミー賞 助演女優賞 受賞


ヴィクトワール・ティビソル(Victoire Thivisol、1991年7月6日 - )
フランスの女優。
3歳の時にジャック・ドワイヨン監督に見出され、4歳の時に彼の作品『ポネット』で母親の死が受け入れられない主人公ポネットを演じ、ヴェネツィア国際映画祭 女優賞を受賞した。
主な出演作品
* ポネット Ponette (1996)
* 年下のひと Les Enfants du siècle (1999)
* ショコラ Chocolat (2000)



ジョニー・デップ(Johnny Depp、1963年6月9日-)
アメリカ合衆国の俳優・ミュージシャン。
本名はジョン・クリストファー・デップ二世(John Christopher Depp II)。
身長175cm、体重70kg。血液型はO型。

俗にアウトローと評される出自と、コメディから社会派作品まで果敢に挑戦し幅広く演じ分ける実力、話題の絶えない私生活やファンサービスの良さから常に注目を浴びている、現存する役者の中で最も知名度と人気の高い人物の一人である。

生い立ち
ケンタッキー州オーウェンズボロにて、土木技師の父・ジョン・クリストファー・デップとウェイトレスの母・ベティ・スー・パーマーとの間に生まれる。4人兄妹の末っ子で9歳上の兄ダン、7つ違いの姉デビーと2つ違いの姉クリスティーがいる。

家庭の事情で頻繁に転居を繰り返し幼少時だけでも20以上の土地を渡り歩き、7歳の時ようやくフロリダ州ミラマーに定住。しかし1978年に両親が離婚するとデップは多大なストレスと自信喪失から自傷行為を始め、その時の傷跡が現在でも7、8個残っている。さらにデップは14歳の頃からドラッグに手を染め、貧困も重なって、どん底とも言える青年時代を送った。

12歳の時に母からギターを買ってもらったデップは、どん底の青年時代の中でやがてミュージシャンを志すようになり16歳で高等学校を中退。将来への不安から2週間で復学を試みるも、高等学校の校長が「夢を追いなさい」と激励したため再度ミュージシャンとして生きる決意をし放浪生活を送る。

キャリア

音楽活動
この頃バンド「The Kids」をリードギタリストとして率い、イギー・ポップの前座も務めた。バンドは商業的に成功を収め、さらに活動を本格化させるべくロサンゼルスに活動拠点を移し「Six Gun Method」と改名し様々なバンドとコラボレーションを行った。近年では、オアシスの曲やローリング・ストーンズのアルバムにもギターで参加したほか、1995年にはバットホール・サーファーズのギビー・ヘインズと共に「P」というバンドを結成しCDを発売した。
音楽活動の中で知り合ったロリ・アン・アリソンと1983年に結婚するも1985年に離婚。

初期の俳優活動
アリソンと婚姻関係にあった時に、彼女の元恋人であったニコラス・ケイジと知り合う。その才能を見込んだケイジはデップに俳優への転進を勧めた。その後友人の付き添いとして足を運んだオーディションの会場で出演の打診を受け1984年、ホラー映画『エルム街の悪夢』でデビュー。その後『プラトーン』などで経験を積んだ。当初は仕事に対して消極的であったデップだが、尊敬する俳優のフレデリック・フォレストとの共演が転機となり、本格的に俳優への道を歩み出す。
プロデューサーの説得によりフォックス放送のテレビシリーズ『21ジャンプ・ストリート』に主演。デップは元来テレビに出演することを好まなかったため、終始その演技に小細工を利かせていたが一躍ジュニアアイドルとして脚光を浴びる。それでも自分が商品として扱われることやテレビドラマでの役のイメージに縛られることを恐れたため、活動の場を映画のみとすることに決めた。

映画俳優として
1990年の『クライ・ベイビー』で映画初主演を果たし、同年公開の『シザーハンズ』は大ヒットする。自らの出自に由来するアウトローな作品選びや徹底した役作り、確かな実力、端麗な容姿などデップを認めるものは少なからず存在したものの、その後の出演作品の興行収入と知名度は付随しなかった。

アウトローな作品選びは私生活にも影響を及ぼし、滞在先のホテルで暴れ出し備品を破壊した末に逮捕されるなど、トラブル続きの日々を送った。しかし、ハリウッド・サンセット大通りに経営していたロッククラブ「バイパールーム」で、親友でクラブの共同経営者でもあったリバー・フェニックスがドラッグの過剰摂取により急死したことを機にデップは自らを長らく蝕んでいたドラッグと縁を断ち、以後は『ギルバート・グレイプ』などのヒューマンドラマや『エド・ウッド』といった伝記映画に立て続けに出演し俳優としての実力を身につけた。

俳優業の傍ら、親族の出自(彼の母方の曾祖母は純血のチェロキー族。父も同じくチェロキー族の血を引く)からインディアンの問題に関心を持っていたデップは1997年、共演にマーロン・ブランドを招聘し映画『ブレイブ』を監督した。その後は興行収入こそ話題に上らないものの、質の高い映画に出演を重ね徐々に知名度を獲得していった。

1999年、これまでの功績が認められハリウッド・ウォーク・オブ・フェームに名前が刻まれる。

映画『ナインスゲート』で知り合ったヴァネッサ・パラディとの間に長女を儲けたことを機にデップの生活は公私共に急激に変化した(下部詳述)。2003年、子供の勧めにより出演したディズニー/ブエナビスタ共同制作の娯楽超大作『パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち』で興行面での大成功を収めた上に、子供を儲けたことでアウトローなイメージからの脱却に成功し世界的な規模で爆発的な人気を獲得した。同年のピープル誌にて「最もセクシーな男性」に選出された。

2004年公開の『ネバーランド』と2年連続でアカデミー主演男優賞にノミネートされ実力派俳優としての地位を不動のものとした。

2007年公開の『スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師』で、初のミュージカル映画に出演。この作品でゴールデングローブ賞 主演男優賞 (ミュージカル・コメディ部門)を受賞する。過去7回同賞にノミネートされたが、受賞は今回が初である。

私生活
関係・家族
先に挙げたアリソンの他、女優のジェニファー・グレイ、シェリリン・フェン、ウィノナ・ライダーや、スーパーモデルのケイト・モスとも交際していた。ちなみにウィノナ・ライダーと交際中、腕に「ウィノナ・フォーエヴァー」と刺青を施したが、破局後「ワィノ・フォーエヴァー(アル中よ永遠に)」に修正。その後は恋人の名を刺青にしていない。

現在、パートナー(入籍はしていないが事実婚)であるヴァネッサ・パラディと、2人の子供リリー=ローズ・メロディ・デップ(1999年5月27日生)とジャック・ジョン・クリストファー・デップ・3世(2002年4月9日生)とともにフランスに住み、アメリカと南フランスの両方で生活をしている。

母親の名と、二人の子供の名、数字の3、またアルファベットの刺青を施している。なおアルファベットについては、単純に好きな文字だからと話している。

論争
1993年に違法薬物の販売で逮捕され、起訴されたことがある。1999年にはヴァネッサ・パラディとロンドンで食事をしている時に、レストランまで追いかけてきたパパラッチと喧嘩をして再び逮捕された。
2003年にドイツのStern誌にて、「アメリカは愚かな犬」と発言し、アメリカ国内で非難が出た。

ファッション
一言で表せれば「個性的」。だが、ブランドに頼らない彼独自のアレンジした着こなし方はファンのみならず、男性にも絶大な支持を得ている。 最近は帽子と眼鏡(もしくはサングラス)を合わせることが多い。また、腕に付けているビーズのブレスレットは愛娘からのプレゼントである。

ファンとの交流
アメリカのサインコレクター雑誌「オートグラフ・マガジン」が発表した「ファンにサインする際に態度が丁寧なハリウッド・スター」で3年連続1位に輝いている。同誌は「穏やかで気さくながら、サインをしつつファンに話し掛けて親しくなろうとする」「プレミア会場でもレストランでも、映画のロケ中でもほとんど、最高に気前良くサインしてくれるスター」と評価している。
実際にも「一人にサインをしたら、他のファン全員にもサインしなくてはいられない性分」で、空港など混雑・混乱しやすい場所ではサインを一切しないよう、スタッフから逆に釘を刺されてしまう場合も多い。

主な出演作品
公開年 邦題
原題 役名 備考
1984 エルム街の悪夢
A Nightmare On Elm Street Glen Lantz
1985 マイアミ・ホットリゾート
Private Resort ジャック 日本未公開
1986 プラトーン
Platoon ラーナー
殺しに熱きテキーラを
Slow Burn Donnie Fleischer TV映画
21ジャンプ・ストリート
21 Jump Street トム・ハンソン TVシリーズ(1990年まで放送)
1990 シザーハンズ
Edward Scissorhands エドワード・シザーハンズ ゴールデングローブ賞 主演男優賞 (ミュージカル・コメディ部門)ノミネート
クライ・ベイビー
Cry-Baby ウェイド・ウォーカー
1992 アリゾナ・ドリーム
Arizona Dream アクセル
1993 ギルバート・グレイプ
What's Eating Gilbert Grape ギルバート・グレイプ
妹の恋人
Benny & Joon サム ゴールデングローブ賞 主演男優賞 (ミュージカル・コメディ部門)ノミネート
1994 エド・ウッド
Ed Wood エド・ウッド ゴールデングローブ賞 主演男優賞 (ミュージカル・コメディ部門)ノミネート
1995 ザ・カンヌ・プレイヤー
Cannes Man 本人役 日本未公開
ニック・オブ・タイム
Nick Of Time ジーン・ワトソン
デッドマン
Dead Man ウィリアム・ブレイク
ドンファン
Don Juan Demarco ドンファン
1997 ブレイブ
The Brave ラファエル 初監督作品
フェイク
Donnie Brasco ジョー・ピストーネ/ドニー・ブラスコ
1998 ラスベガスをやっつけろ
Fear And Loathing In Las Vegas ラウル・デューク
GO!GO!L.A.
L.A. Without A Map William Blake クレジットなし
1999 ビートニク
The Source
ナインスゲート
The Ninth Gate ディーン・コルソ
スリーピー・ホロウ
Sleepy Hollow イカボッド・クレーン
ノイズ
The Astronaut's Wife スペンサー
2000 耳に残るは君の歌声
The Man Who Cried チェーザー
夜になるまえに
Before Night Falls Cesar
ショコラ
Chocolate ルー
2001 ロスト・イン・ラ・マンチャ
Lost In La Mancha
ブロウ
Blow ジョージ・ユング
フロム・ヘル
From Hell フレッド・アバーライン
2003 レジェンド・オブ・メキシコ/デスペラード
Once Upon A Time In Mexico サンズ
パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち
Pirates Of The Caribbean: The Curse Of The Black Pearl ジャック・スパロウ アカデミー主演男優賞ノミネート
ゴールデングローブ賞 主演男優賞 (ミュージカル・コメディ部門)ノミネート
2004 リバティーン
The Libertine ロチェスター
フレンチなしあわせのみつけ方
Ils Se Marierent Et Eurent Beaucoup D'enfants L'inconnu
ネバーランド
Finding Neverland ジェームス・マシュー・バリ アカデミー主演男優賞ノミネート
ゴールデングローブ賞 主演男優賞 (ドラマ部門)ノミネート
シークレット ウインドウ
Secret Window モート・レイニー
2005 チャーリーとチョコレート工場
Charlie And The Chocolate Factory ウィリー・ウォンカ ゴールデングローブ賞 主演男優賞 (ミュージカル・コメディ部門)ノミネート
ティム・バートンのコープスブライド
Corpse Bride ビクター 声の出演
2006 パイレーツ・オブ・カリビアン/デッドマンズ・チェスト
Pirates Of The Caribbean: Dead Man's Chest ジャック・スパロウ ゴールデングローブ賞 主演男優賞 (ミュージカル・コメディ部門)ノミネート
2007 パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンド
Pirates Of The Caribbean: At World's End ジャック・スパロウ
スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師
Sweeney Todd: The Demon Barber of Fleet Street スウィーニー・トッド ゴールデングローブ賞 主演男優賞 (ミュージカル・コメディ部門)受賞




アルフレッド・モリーナ(Alfred Molina、1953年5月24日 - )
イギリス・ロンドン出身の俳優。スペイン人の父とイタリア人の母を持つ。
舞台出演も多いベテラン俳優で、デヴィッド・マメットやテネシー・ウィリアムズの舞台に出演した。
主な出演作品
* レイダース/失われたアーク《聖櫃》 Raiders of the Lost Ark (1981)
* レディホーク Ladyhawke (1985)
* 魅せられて四月 Enchanted April (1992)
* マーヴェリック Maverick (1994)
* 判決前夜/ビフォア・アンド・アフター Before and After (1995)
* デッドマン Dead Man (1995)
* スピーシーズ 種の起源 Species (1995)
* ブギーナイツ Boogie Nights (1997)
* 知らなすぎた男 The Man Who Knew Too Little (1997)
* 愛のトリートメント The Treat (1998)
* マグノリア Magnolia (1999)
* ショコラ Chocolat (2000)
* フリーダ Frida (2002)
* 死ぬまでにしたい10のこと My Life Without Me (2003)
* アイデンティティー Identity (2003)
* コーヒー&シガレッツ Coffee and Cigarettes (2003)
* スチームボーイ Steamboy (2004) ※英語版の声の出演
* タブロイド Crónicas (2004)
* スパイダーマン2 Spider-Man 2 (2004)
* ダ・ヴィンチ・コード The Da Vinci Code (2005)
* シルク SILK (2008)


キャリー=アン・モス(Carrie-Anne Moss、1967年8月21日 - )
カナダの女優。ブリティッシュコロンビア州バンクーバー出身
20歳でヨーロッパに移りモデルとなる。スペインにいた時に、バルセロナで撮影されていたアメリカのテレビシリーズに出演したことがきっかけで数本のドラマに出演。
1999年に映画『マトリックス』のトリニティ役に抜擢され、一気に脚光を浴びる。2000年の『メメント』でインディペンデント・スピリット賞の助演女優賞を受賞。
1999年に俳優のスティーヴン・ロイと結婚し、2003年9月に息子が生まれている。
出演作品
* マトリックス The Matrix(1999)
* ショコラ Chocolat(2000)
* レッド プラネット Red Planet(2000)
* メメント Memento(2000)
* マトリックス・リローデッド The Matrix Revolutions(2003)
* マトリックス・レボリューションズ The Matrix Reloaded(2003)
* サスペクト・ゼロ Suspect Zero(2004)
* ゾンビーノ Fido (2006)



ラッセ・ハルストレム(Lasse Hallström、本名:Lars Sven Hallström、1946年6月2日 - )
スウェーデン・ストックホルム出身の映画監督。
父親はアマチュアの映像作家。子供の頃から映画制作に熱中しており、10歳の時に短編映画を完成させる。
1975年に監督としてデビューし、その後手がけたABBAの映画『アバ/ザ・ムービー』がヒットして知られるようになる。1985年の『マイライフ・アズ・ア・ドッグ』でアカデミー賞監督賞にノミネートされ、ハリウッドに招かれる。
1994年に女優のレナ・オリンと結婚。
主な監督作品
* 恋する男と彼の彼女 En Kille och en tjej (1975)
* アバ/ザ・ムービー ABBA: The Movie (1977)
* 僕は子持ち Jag är med barn (1979)
* 気取り屋 Tuppen (1981)
* 幸せな僕たち Två killar och en tjej (1983)
* マイライフ・アズ・ア・ドッグ Mitt liv som hund (1985)
* やかまし村の子どもたち Alla vi barn i Bullerbyn (1986)
* やかまし村の春・夏・秋・冬 Mer om oss barn i Bullerbyn (1986)
* ワンス・アラウンド Once Around (1991)
* ギルバート・グレイプ What's Eating Gilbert Grape (1993)
* 愛に迷った時 Something To Talk About (1995)
* サイダーハウス・ルール The Cider House Rules (1999)
* ショコラ Chocolat (2000)
* シッピング・ニュース The Shipping News (2001)
* アンフィニッシュ・ライフ An Unfinished Life (2005)
* カサノバ Casanova (2005)


出典: Wikipedia
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日の名残り
- 2007/07/29(Sun) -
日の名残り コレクターズ・エディション 日の名残り コレクターズ・エディション
アンソニー・ホプキンス、エマ・トンプソン 他 (2006/02/01)
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
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日の名残り
原題:The Remains of the Day
1993年制作 英米
監督 ジェームズ・アイヴォリー
原作 Kazuo Ishiguro(石黒一雄)


マーチャント・アイヴォリー・フィルム

脚本 ルース・プラワー・ジャブヴァーラ
制作 イズマル・マーチャント

アカデミー賞では、主演男優賞、主演女優賞、美術賞、衣装デザイン賞、監督賞、作曲賞、作品賞、脚本賞の8部門にノミネートされた

スティーブンス役のアンソニー・ホプキンスの静かな演技がひかっています。
1950年代のイギリスの貴族社会の雰囲気が良く出ていていいです。
最後、じれったさが残りますが、それがいいのかもしれません。



舞台設定
数多くの城や公邸が映画のロケーションとして使われ、部分的には、通常一般には公開されていない幾種類の家々を借りるよううまく説得したマーチャント氏の功績に大きい。中でもダイラム・パーク・ハウス(Dyrham Park)の外観とポウダーハム城(Powderham Castle)の階段シーンで使われた内部装飾は壮観である。


ストーリー ネタバレ注意

1950年代のイギリス、スティーブンス、感情的に抑圧されたダーリントン邸の執事、は第二次世界大戦直前の頃ハウスキーパーとして一緒に働いていたミス・ケントンから一通の手紙を受け取った。20年後、ダーリントン卿は亡くなり、ダーリントン邸は元下院議員のルイス氏に売られるところだった。

ケントンは、彼女の結婚が失敗であった事と、彼女が働いていた古き良き日々を懐かしんでいると綴っていた。スティーブンス(ダーリントン邸に残った僅かな使用人の一人)は、表面上、彼女に仕事に戻ってくるよう説得する為ミス・ケントンを訪ねに行く。

映画はケントンがハウス・キーパーとしてスタッフに加わる時にフラッシュ・バックする。ダーリントン邸はそのころ国家の重要な情勢を決める両対戦間の期間の多くの有名な政治家に有名であった。スティーブンス、忠実で完璧主義的で静かで有能な執事はあたかも使用人が目に見えないように家を管理しなければならなかった。彼はミス・ケントンと衝突し、それは意識下のいらだちを現すだけでなかった;彼の父親が亡くなった時、彼は休みを入れず彼の執務を続けた。ケントンも等しく有能で強い意志を持っていたが、より暖かく、抑圧はより少なかった。二人の関係は最終的には暖かく、そしてケントンは彼をからかいもするのだった。彼女が彼に恋に落ちたのは明らかとなり、おそらく彼もであり、それは、あいまいなままだった。彼女は思いを貫こうとするのだが、しかし彼の感情的冷たさは偉大だった。彼女がフラストレーションで泣いた時、彼が唯一出来た応答は、彼女の気持ちを邸内の仕事へ向かわせる事だった。最終的に、彼女に他の男性との関係が浮かび、その男性と結婚し第二次世界大戦が始まる前にダーリントン邸を後にするのだった。

ダーリントン卿はナチの支援者であり、「融和政策」と呼ばれる政治的配置の代理人に影響を与えた。しかし、ナチの本当の議題にどれだけ支援したか、どれだけ彼らに騙されたかは定かではない。彼は会議の高官の一人であり、名誉的なアマチュアよりも専門家の現実主義に味方し議論した下院議員のルイスにいらいらさせられる。彼は二人のドイツ系ユダヤ人の召使を彼らの雇用は不適当であると判断し解雇するよう命令する、それでいて後悔しているように見えるのだが。(ミス・ケントンはこの事、女の子達がドイツに送り返される事を恐れて、講義して辞任しようとした。)

ダーリントン卿は失意の人として死ぬ、彼の評判は、融和政策における彼の役割が新聞に暴露された後、破壊される。その後、スティーブンスはダーリントン邸の執事だったと認めるが、初めは、ダーリントン卿に会ったり仕えていた事を否定した。彼は今、彼の元の主人は失敗した事を認め、彼自身の人生も後悔している事を示していた、ミス・ケントンのように(今はミセス・ベンだが)。ケントンはスティーブンスのダーリントン邸に戻るという申し出を断り、かわりに夫ともうすぐ生まれる孫の側にいたいと話した。スティーブンスはダーリントン邸に向けて土砂降りの雨の中を出発する。ケントンは泣きスティーブンスはまだ彼女へのどんな気持ちも感情も表せないでおり、ただ単に彼の帽子を上げるだけだった。



キャスト

* ジェームズ・スティーヴンス - アンソニー・ホプキンス Anthony Hopkins
* ミス・ケントン - エマ・トンプソン Emma Thompson
* ダーリントン卿 - ジェームズ・フォックス James Fox
* ルイス - クリストファー・リーヴ Christopher Reeve
* カーディナル(ダーリントン卿が名付け親になった青年) - ヒュー・グラント Hugh Grant



イスマイル・マーチャント(Ismail Merchant,1936年12月25日 - 2005年5月25日)
インド・ボンベイ出身の映画プロデューサー・映画監督
22歳の時にアメリカに渡り、ニューヨーク大学で学ぶ
1959年からジェームズ・アイヴォリー監督と組み、
1961年にMerchant Ivory Productionsを設立、
数々の名作を生み出していった
アイヴォリー監督とはプライベートでもパートナーであった
主な作品
* ローズランド Roseland (1977)
* カルテット Quartet (1981)
* 熱砂の日 Heat and Dust (1983)
* 眺めのいい部屋 A Room With a View (1986)
* モーリス Maurice (1987)
* ミスター&ミセス・ブリッジ Mr. & Mrs. Bridge (1990)
* ハワーズ・エンド Howards End (1992)
* 日の名残り The Remains of the Day (1993)
* ジェファソン・イン・パリ/若き大統領の恋 Jefferson in Paris (1994)
* サバイビング・ピカソ Surviving Picasso (1996)
* シャンヌのパリ、そしてアメリカ A Soldier's Daughter Never Cries (1998)
* 金色の嘘 The Golden Bowl (2000)
* ル・ディヴォース/パリに恋して Le Divorce (2003)
* 上海の伯爵夫人 The White Countess (2005)


ルース・プラワー・ジャブヴァーラ(Ruth Prawer Jhabvala,1927年5月7日生)
ドイツ出身の小説家・脚本家
特にジェームズ・アイヴォリー作品の映画脚本で知られている
ドイツのケルンで生まれたが、
ナチスから逃れるため彼女が12歳の時に家族でイギリスに移住
ロンドン大学で英文学を学ぶ
その後インド出身の建築家と結婚し、デリーに移る
その地で経験したことを元に小説を書き始め、
1963年にジェームズ・アイヴォリーが彼女の小説「新婚生活」を映画化するに当たり、脚本も手がける
以降、アイヴォリー作品で脚本を手がけ、
「眺めのいい部屋」と「ハワーズ・エンド」でアカデミー脚色賞を受賞している
また、1975年に「熱砂の日」でブッカー賞を受賞している
脚本
* 熱砂の日 Heat and Dust (1983)
* 眺めのいい部屋 A Room with a View (1986)
* ミスター&ミセス・ブリッジ Mr. and Mrs. Bridge (1990)
* ハワーズ・エンド Howards End (1992)
* 日の名残り The Remains of the Day (1993)
* ジェファソン・イン・パリ/若き大統領の恋 Jefferson in Paris (1994)
* サバイビング・ピカソ Surviving Picasso (1996)
* シャンヌのパリ、そしてアメリカ A Soldier's Daughter Never Cries (1998)
* 金色の嘘 The Golden Bowl (2000)
* ル・ディヴォース/パリに恋して Le Divorce (2003)


カズオ・イシグロ(Kazuo Ishiguro 石黒 一雄、1954年11月8日 生 )
日本生まれのイギリス作家
1989年に長編小説『日の名残り』でイギリス最高の文学賞ブッカー賞を受賞
ロンドン在住 英国籍 日本語はほとんど話せない 父親は生物学者
略歴と作品
1954年、長崎県長崎市で生まれ、1960年、5歳の時に両親・姉とともに渡英、以後イギリスに在住
1978年にケント大学英文学科、1980年にはイースト・アングリア大学大学院創作学科を卒業
当初はミュージシャンを目指すも、文学者に進路を転向した
1982年、英国に在住する長崎女性の回想を描いた処女作『女たちの遠い夏』(原題: A Pale View of Hills) で王立文学協会賞を受賞し、9か国語に翻訳される
1983年、イギリスに帰化
1986年、戦前の思想を持ち続けた日本人を描いた第2作『浮世の画家』(原題: An Artist of the Floating World) でウィットブレッド賞を受賞
同年、イギリス人ローナ・アン・マクドゥーガルと結婚
1989年、イギリス貴族邸の執事(バトラー)を描いた第3作『日の名残り』(原題:The Remains of the Day) でブッカー賞を受賞
この作品は1993年に英米合作で映画化され、ジェームズ・アイボリー監督・アンソニー・ホプキンス主演『日の名残り』として公開された
1995年、第4作『充たされざる者』(原題: The Unconsoled) を出版
2000年、戦前の上海租界を描いた第5作『わたしたちが孤児だったころ』(原題: When We Were Orphans) を出版、発売と同時にベストセラー
2003年、ガイ・マッデン監督のカナダ映画"The Saddest Music in the World"の脚本を執筆
この作品は日本未公開
2005年、最新作『わたしを離さないで』(原題: Never Let Me Go) を出版
2005年のブッカー賞の最終候補にも選ばれる
2005年、英中合作映画「上海の伯爵夫人」(原題: The White Countess)の脚本を担当
本作には真田広之も出演している
外部リンク
*
Kazuo Ishiguro(英語)





クリストファー・リーヴ(Christopher Reeve, 1952年9月25日 - 2004年10月10日)
アメリカ合衆国の俳優、監督および作家
多くの出演作の中、スーパーマンを演じたことでおそらく最もよく知られている
彼はニューヨークで、小説家で大学教授のフランクリン・リーヴとジャーナリスト、バーバラ・ジョンソンの間に生まれた
1974年にコーネル大学を文学士として卒業した後、
ジョン・ハウスマンの指導するジュリアード音楽院に入学した
ジュリアード在学中にクラスメート、ロビン・ウィリアムスと友人になった
1978年のリチャード・ドナー監督作品『スーパーマン』Superman に抜擢されるまで、舞台やテレビの昼メロ『Love of Life』に出演したりした
『スーパーマン』は興行的に大成功し、続編が三作製作された
皮肉にもこれはリーヴが軽蔑していた種類のものだった
彼は心の底から舞台俳優で、古典作品を演じることと、真に「演じる」ことを要求する映画作品を好んだ
彼は、「私は機関銃を持ってスクリーン上を走るのではなく、役割の中で私自身に挑戦したい」と以前語った
彼は1980年に、タイムトラベル・ロマンス作品『ある日どこかで』Somewhere In Time でジェーン・シーモアと共演した
この作品は公開当時それほどの人気はなかったが、その後特に大学生の間で「カルト映画」となった
ジェーン・シーモアは、後に彼女の息子をリーヴと命名した
1984年には、『ボストニアン』The Bostonians で19世紀の南部の弁護士役を演じ、大きな称賛を得た
1995年5月27日、彼はバージニア州シャーロッツヴィルでの乗馬競争で転落、
脊髄損傷を起こし首から下が麻痺した
彼は映画出演からほとんど引退し、リハビリテーションに専念することとなった
また、妻のディナとともに「クリストファー・アンド・ディナ・リーヴ麻痺資源センター」を
ニュージャージー州ショート・ヒルに開設し、
身体の麻痺に苦しむ人たちにより独立して生きることを教えることに専念した
その後芸能活動を再開したリーヴは、1999年にはテレビ映画『裏窓』を製作
ヒッチコック作品のリメイクであるこの作品で、彼は車椅子に乗った主人公を演じた
2003年2月25日に、彼は連続テレビ番組『ヤング・スーパーマン』Smallville に、
若きクラーク・ケントに自らの素性に関して洞察力のある手掛かりを与えるスワン博士役で出演した
そのエピソードは、前世代のスーパーマンからのふさわしい引き継ぎとして批評家および視聴者から暖かく見なされた
また、リーヴの再ゲスト出演が約束されていた
2004年にはアテネオリンピックのコマーシャルに出演したが、10月9日に自宅で心不全を起こし昏睡状態となり、10日にニューヨーク州のノーザン・ウェストチェスター病院で死去した
享年52
2006年9月、リーヴが生前に脚本とディレクターを担当し、妻のディナ(2006年3月死去)が総合プロデューサーを務めたアニメ映画、『Everyone's Hero』が公開された
また、高等学校向け教科書であるCROWN ENGLISH SERIES(三省堂)と
PRO-VISION ENGLISH COURSE(桐原書店)では、英文の題材となった

主な出演作
* 『原子力潜水艦浮上せず』 - Gray Lady Down (1978)
* 『スーパーマン』 - Superman (1978)
* 『スーパーマン II/冒険篇』 - Superman II (1980)
* 『ある日どこかで』 - Somewhere in Time (1980)
* 『デストラップ・死の罠』 - Deathtrap (1982)
* 『バチカンの嵐』 - Monsignor (1982)
* 『スーパーマン III/電子の要塞』 - Superman III (1983)
* 『ボストニアン』 - The Bostonians (1984)
* 『スーパーマン IV/最強の敵』 - Superman IV: The Quest For Peace (1987)
* 『スイッチング・チャンネル』 - Switching Channels (1988)
* 『カーテンコール』 - Noises Off (1992)
* 『日の名残り』 - The Remains of the Day (1993)
* 『光る眼』 - Village of the Damned (1995)



クリストファー・リーヴ財団



出典: Wikipedia
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ハワーズ・エンド
- 2007/07/12(Thu) -
ハワーズ・エンド ハワーズ・エンド
アンソニー・ホプキンス (2001/07/10)
角川エンタテインメント
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ハワーズ・エンド
原題:Howards End
1992年英米
ジェームズ・アイボリー監督作品
E.M.フォースター原作
1910年出版

20世紀に転換する中でのイギリスにおける階級関係を描いた作品。アイボリー作品らしく映像と音楽のマッチングが秀逸。まるで輪廻を思わせるような話の展開。これは、これで良い作品なのではないでしょうか。


マーチャント・アイボリー・プロダクション
・プロデュース
フォースター三部作の三作目
(眺めのいい部屋in 1985 、 モーリス in 1987)


1992年第65回アカデミー賞主演女優賞
                     脚色賞
                     美術賞  受賞

1992年第45回カンヌ国際映画祭 45周年記念賞 受賞
1992年第50回ゴールデングローブ賞 女優賞受賞



ストーリー ネタばれ

物語は二十世紀の初めのイギリスで起こる。それは、三つの社会階級に置き換えられる三つの家族についての話である:上流の資産家のウィルコックス家;啓蒙的な中産階級のシュレーゲル姉妹;そして下層階級のバースト家。フォースターは、しかし、小説は貧民についての話ではないと明言している。映画では、「誰が英国を継承するのか?」と問いかけ、人から人へと渡る、ハワーズ・エンドの相続権を通して、その問いに答えている。

映画の最初に、年下の妹、ヘレン(ヘレナ・ボナム・カーター)が、早々にウィルコックスの年下の弟、ポールと婚約してしまう。次の日、互いに間違いだったと理解し婚約を破棄するが、ヘレンは家族に婚約の報告の手紙を出してしまった後だった。伯母のジュリーがハワーズ・エンドに到着し、若い二人が隠しておきたかった婚約がウィルコックス家の知るところとなった。後日、ウィルコックス家がシュレーゲル家のロンドンの家の近くに家を持ったときに、年上の姉、マーガレット(エマ・トンプソン)は、過日の社会的な恥の為にウィルコックス家を訪れなければならない、と感じる。彼女は女主人のルース・ウィルコックス(バネッサ・レッドグレーブ)と親交を深める。ルースは、義勇農騎兵団の家系から来た家柄の出身で、なのでウィルコックス家はハワーズ・エンドを所有し、彼女がこよなく愛し、イングランドの田舎の象徴としてまた、イギリスの伝統として描かれている。数ヶ月を経て、二人の女性は親しくなり、ルースはマーガレッドの中に自分と同類のものを見出す。賃貸契約がおわった時に、アパートを出なければならないと知ると同時に、もうすぐ自分が病気で死ぬのを知ると、ルースはマーガレットにハワーズ・エンドを遺言で残す。これは、ウィルコックス家の人々を狼狽させ、ルースの正しい判断に基づき見知らぬ人に家を与えるのを拒否してしまう。ウィルコックス家の人々はルースの遺言を書き付けた紙を燃やし、秘密を守ろうとする。シュレーゲル家がハワーズ・エンドに家を見つけてしまわないように、ヘンリー・ウィルコックス(アンソニー・ホプキンズ)は、マーガレットに新しい住まいを見つける手伝いをすると申し出る。その結果、二人は親しくなり、ヘンリーはプロポーズをする。そしてマーガレットは承諾する。

平行して進行するストーリーとして、年下の妹のヘレンの話がある。シュレーゲル家がまだロンドンのフラットに住んでいる間、そしてウィルコックス家が近所に越して来た頃、ヘレンはベートーベンのレクチャーに出ていて、偶発的に、事務員のレオナルド・バーストの傘を持って帰ってきてしまう。彼はヘレンに付いて行き、傘を取り返す。後日、妻のジャッキーがシュレーゲルの名刺を見つけ、浮気をしていると誤解してしまう。嫉妬から彼女はシュレーゲル家を訪れるが、姉妹が傘事件の後、レオナルドをすっかり忘れてしまっており、恥ずかしい思いをして去る。レオナルドは謝罪の為に家に取って返し、お茶の時間の間、姉妹は彼に、彼らが共有できる感傷と文学を通して彼によりよく夢を持たせられる事に気付く。彼らは彼の多くを改善する計画を立て、レオナルドの金銭的な立場についてヘンリーにアドバイスを求める。ヘンリーはレオナルドは倒産するから保険会社を辞めるように忠告する。レオナルドはそうするが、そのアドバイスは早まったもので、より悪い立場へと追いやり、最後には失業してしまう。

この二つの話の筋はヘンリー・ウィルコックスの娘の結婚パーティで一つになる。ヘレンはバースト夫妻が飢えているのを知ってパーティに連れてきた。ジャッキー・バーストは酔っ払い、マーガレットの気を引き、そして彼女が誰か知っているヘンリーに近ずいた。ジャッキーはヘンリーを認め、過去数年に渡り、不倫の関係にあった事と、彼女が生きる為に売春をしていた事が明らかになった。恥をかかされ、ヘンリーは婚約を破棄するが、晩に仲直りし、彼の性的な不正と不貞を許すのだった。マーガレットはヘレンにバースト夫妻遠のけるよう主張し、ヘンリーの願いとプライドにより彼らを助けるのを拒否した。

これらにより、シュレーゲル姉妹は離れさまよう。ヘレンはレオナルドと共に過ごすようになり、ロマンチックは場面でボートの上で牧歌的な時を見る。この後、ヘレンはマーガレットから離れ、連絡もまばらになり、マーガレットを困惑させる。数ヵ月後、ヘレンは自分の所持品の為戻ってくる、将来ドイツに向かうつもりで。彼女は、ハワーズ・エンドに一晩とめて欲しいと、誰とも連絡を取りたくない為に、頼む。しかし、ヘレンがレオナルドの子供を宿し手いる事が明らかになる。レオナルドはこの事を知らない。ヘンリー・ウィルコックスがこの事を知ったとき、ヘレンが家にいてはいけないと主張し、責任のある男を見つけ出し、彼女を辱めた罰を受けなければならにと言った。
マーガレットとヘンリーは性的な礼節の適応の指針の違いについて激しく議論し、マーガレットはヘンリーと別れるといった。マーガレット、レオナルドと年上のウィルコックスの息子のチャールズは皆、ハワーズ・エンドへ別々の道を行き、最後に悲劇的に展開する。

結局、ルース・ウィルコックスの願いは聞き届けられる:ヘレンは最後には、ハワーズ・エンドのオーナーとなったマーガレットと和解し、そこで息子を跡継ぎとして育てる。映画、小説両方とも、最後のハワーズ・エンドの所有者は、イギリスにおける新しい階級の関係の象徴である:新しい産業の富(ウィルコックス家)が政治的に改革された自由主義(シュレーゲル家)と結婚し、低層階級の子供達に利益を生むという。


キャスト

* Anthony Hopkins アンソニー・ホプキンス- Henry Wilcox
* Vanessa Redgrave バネッサ・レドグレーブ- Ruth Wilcox
* Helena Bonham Carterヘレナ・ボナム・カーター - Helen Schlegel
* Emma Thompsonエマ・トンプソン - Margaret Schlegel
* James Wilby - Charles Wilcox
* Samuel West - Leonard Bast


エマ・トンプソン(Emma Thompson, 1959年4月15日生 )
イギリス・ロンドン出身の俳優
父親は舞台演出家、母親は女優のフィリダ・ロウ
妹のソフィーも俳優
ケンブリッジ大学在学中に劇団を結成し注目される
卒業後、BBCラジオやコメディ・ツアーに参加し、数多くの舞台にも立った
1993年には『ハワーズ・エンド』でアカデミー主演女優賞を、
1995年の『いつか晴れた日に』でアカデミー脚色賞を受賞している

1995年にケネス・ブラナーと離婚している
「いつか晴れた日に」で共演した俳優のグレッグ・ワイズ(ウィルビー役)と2003年に再婚

出演作品
* ヘンリー五世 Henry V (1989)
* 愛と死の間で Dead Again (1991)
* ピーターズ・フレンズ Peter's Friends (1992)
* ハワーズ・エンド Howards End (1992)
* 日の名残り The Remains of the Day (1993)
* 父の祈りを In the Name of the Father (1993)
* から騒ぎ Much Ado About Nothing (1993)
* いつか晴れた日に Sense and Sensibility (1995) エリノア役
* キャリントン Carrington (1995)
* ウィンター・ゲスト The Winter Guest (1997) 母フィリダ・ロウと共演
* パーフェクト・カップル Primary Colors (1998)
* ラブ・アクチュアリー Love Actually (2003) カレン役
* ハリー・ポッターとアズカバンの囚人 Harry Potter and the Prisoner of Azkaban (2004) シビル・トレローニー役
* ナニー・マクフィーの魔法のステッキ NANNY MCPHEE (2005)
* 主人公は僕だった Stranger Than Fiction (2006) カレン・アイフル役
* ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団 Harry Potter and the Order of the Phoenix (2007) シビル・トレローニー役


サー・フィリップ・アンソニー・ホプキンス CBE(Sir Philip Anthony Hopkins CBE, 1937年12月31日生 )
イギリス出身のアメリカ合衆国の俳優

経歴・人物
ウェールズ州マーガムの港町ポート・タルボットで生まれる
パン屋の一人息子だったが、ティーンエイジャーの頃から演じることに興味があった
ウェールズの演劇学校で学んだあと、陸軍に入隊。
除隊後に再びロンドンのロイヤル・アカデミー・オブ・ドラマティック・アートで演技を学び、
舞台俳優としてキャリアをスタートさせた。
「演技というものは絵空事であって、その要素はすべてシナリオの中にある」というのが持論で、
どのような役であっても特別にリサーチして演じることはないとされる。
これは役柄の徹底的なリサーチに基づいたリアリティを追求する
ロバート・デ・ニーロなどの演技スタイルと対極にあるともいえ、
デ・ニーロ等のアプローチを批判し「馬鹿げている」と罵ったことでも有名。
その持論ゆえ、台本のチェック・暗記は徹底的に行い、
撮影の際にはきわめて自然で役柄本人になりきっているかのような卓越した演技力を発揮する。
舞台で培われた卓越した重厚感、気品と知性溢れる存在感は映画においても如何なく発揮され、
1968年『冬のライオン』、1974年『人形の家』、1978年『インター・ナショナル・ベルベット』などが代表作となる。
1980年には、デイヴィッド・リンチ監督作品『エレファント・マン』にドクター役で主演。
日本で一般的に知られるようになるのはこの頃からである。
『羊たちの沈黙』で演じたハンニバル・レクター博士の役で一躍有名となり、
この作品でアカデミー主演男優賞を受賞した。
その後も続編である『ハンニバル』、『レッド・ドラゴン』で同じ役を演じている。
ちなみにハンニバル・レクターのイメージに反し、アンソニー本人はベジタリアンである。
『8月の誘惑』では監督業にも進出した。
3度結婚していて、最初の妻との間に娘が1人いる。
また、彼はイギリスから1987年にコマンダーに、また1993年にはナイトに叙勲されており、
名実ともに現代を代表する名優の一人となった。
現在はロサンゼルスに住み、2000年にはアメリカの市民権を得ている。
何月何日が何曜日だったかという、日付と曜日を即座に計算できる特技を持つ。
主な出演作品
* 冬のライオン The Lion in Winter (1968年)
* 遠すぎた橋 A Bridge Too Far(1977年)
* エレファント・マン The Elephant Man(1980年)
* 羊たちの沈黙 The Silence of the Lambs(1991年)
* ハワーズ・エンド Howards End(1992年)
* 日の名残り The Remains of the Day(1993年)
  * 8月の誘惑 August(1996年)
* アミスタッド Amistad(1997年)
* ジョー・ブラックをよろしく Meet Joe Black(1998年)
* ミッション:インポッシブル2 Mission: Impossible II (2000年)
* ハンニバル Hannibal(2001年)
* アトランティスのこころ Hearts in Atlantis(2001年)
* レッド・ドラゴン Red Dragon(2002年)
* 白いカラス The Human Stain(2003年)
* プルーフ・オブ・マイ・ライフ Proof (2005)
* オール・ザ・キングスメン All the King's Men (2006)
* ボビー Bobby (2006)


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リトル・ブッダ
- 2007/06/16(Sat) -
リトル・ブッダ リトル・ブッダ
キアヌ・リーブス (2003/07/24)
ハピネット・ピクチャーズ
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『リトル・ブッダ』
原題:LIttle Budda
仏・英制作1993年公開
監督:ベルナルド・ベルトルッチ
撮影:ヴィットリオ・ストラーロ
音楽:坂本龍一

キャスト
アレックス・ヴィーゼンダンガー:ジェシー・コンラッド
キアヌ・リーブス:シッダールタ王子
ブリジット・フォンダ:リサ・コンラッド
クリス・アイザック:ディーン・コンラッド
イン・ルオチェン:ラマ僧ノルブ

ストーリー 注意:ネタバレ
「リトル・ブッダ」は、ラマの高僧ノルブが僧の一団を連れ、彼の偉大な師である、高僧ドルジェの転生を探す話である。高僧ノルブと彼に従う僧達は、シアトルに住むジェシー・コンラッドという名前の少年の中に高僧ドルジェの輪廻の候補の資質を見出す。ジェシーが僧達や彼らの生き方に魅了される間、両親であるディーンとリサは警戒し、ノルブがジェシーをテストする為にブータンに連れて行く、と云った時には、敵意に近いものとなった。ディーンは、親友の一人の死の後で、仕事や金よりも生きることをより認識し考えを改める。そしてディーンはジェシーとブータンへ行こうと決心する。ブータンでは、二人のドルジェの転生候補と出会う、ラジューとギータである。
映画の中で、高僧ノルブは、劇中劇として語られるブッダの話を結びつける。子供達に理解できるようにヒンドゥーのシッダールタ王子の悟りを開くまでの話が語られる。嫉妬深い悪魔のマラは、シッダールタがほぼ悟りを開こうとしている事を感じ、邪魔をする為に彼の娘達を送り込む。それに失敗すると、シッダールタの悟りを脅迫と脅しと誘惑によって粉々に打ち砕こうと画策する。マラは考えうる限り恐ろしい怪物の大群を送り込んだが、シッダールタは微動だにしなかった。よりも怪物達の投げつける武器をあたかも優しく地球に舞い落ちる蓮の花びらに変えてしまうのだった。マラはシッダールタを拒絶しないと決心し、水溜りに、彼の姿を映し出してみるのだった。かわりに、シッダールタは悟りを開き、水の中から彼の姿を引っ張り出すのだった。
古典的なマラとシッダールタの対話である:
マラ「あなたは、他の者たちをやってみろとけしかけない;あなたは私の神ですか?私の家を建てた方ですか?」
シッダールタ「最後に自分の幻を見た、おまえは二度と邪悪な家を建ててはいけない。」
マラ「しかし、あなたは私の中に住んでいます;私があなたの家です。」
シッダールタ「おぉ、詐欺師め;私の自尊心の怪物め、おまえはただのまやかしだ。おまえ、それ自身が、存在しない。地球はこの最高の悟りの証人である。」
高僧ノルブはシッダールタが悪魔の軍団を、忍耐と寛容によって簡単に打ち負かした、と説明する。幻想からの静かな離脱を通して、高い平和と慈悲に達した。
最後に、三人の子供達は、それぞれ高僧ドルジェの体と心と言葉の転生の姿であると判明する。
高僧ノルブは、瞑想に入りまもなく死に、葬式が行われた。

哲学的にも考えさせられるし、映像的にも音楽的にも優れた作品。
キアヌ・リーブスのシッダールタ王子が美しい。


メモ
森での弟子達との飢餓状態の修行シーンを撮影する為に、キアヌ・リーブスはオレンジと水だけの過激なダイエットを行った。


ベルナルド・ベルトルッチ Bernardo Bertolucci、1941年3月16日 生
イタリア・パルマ出身の映画監督
早くから詩人として才能を発揮
ローマ大学を中退後、62年の監督処女作『殺し』がヴェネチア映画祭で高く評価されたことから、世界的な映画監督としての道を歩みはじめる。ジャン=リュック・ゴダールを始めとするヌーヴェルヴァーグの面々を兄貴分的な同胞と見なしていた。監督作『ラスト・エンペラー』、『シェリタリング・スカイ』、『リトル・ブッダ』は、東洋三部作と呼ばれる。『ラスト・タンゴ・イン・パリ』(73年)は大胆な性描写で知られ、ポルノか芸術か、の二項対立の論議を生み出した。『ラスト・エンペラー』(87年)はアカデミー賞作品賞、監督賞(ベルナルド・ベルトルッチ)など計9部門を受賞した。撮影監督ヴィットリオ・ストラーロ(『地獄の黙示録』等)とのコンビで世に送り出した数々の作品、前述の『ラスト・エンペラー』を含め『暗殺の森』(70年)『1900年』(76年)が国際的に高い評価を受けている。しかし、一方では『シェリタリング・スカイ』以降の主にハリウッド資本で制作された作品については
「色ボケした」との批判もあり、1980年代にはあったカリスマ性は現在では薄れている。
監督作品
* 殺し La Commare secca (1962)
* 革命前夜 Prima della rivoluzione (1964)
* 暗殺のオペラ LaStrategia del ragno (1970)
* 暗殺の森 Il Conformista (1970)
* ラストタンゴ・イン・パリ Ultimo tango a Parigi (1972)
* 1900年 1900 (1976)
* ルナ Luna (1979)
* ある愚か者の悲劇 La Tragedia di un uomo ridicolo (1981)
* ラストエンペラー The Last Emperor (1987)
* シェルタリング・スカイ The Sheltering Sky (1990)
* リトル・ブッダ Little Buddha (1993)
* 魅せられて Stealing Beauty (1996)
* シャンドライの恋 Besieged (1999)
* 10ミニッツ・オールダー イデアの森 Ten Minutes Older: The Cello (2002)
* ドリーマーズ The Dreamers (2003)


ヴィットリオ・ストラーロ Vittorio Storaro, 1940年6月24日生
イタリアのローマ生まれの映画キャメラマン、撮影監督
映写技師だった父親の推薦で十代でイタリアの国立映画学校に入学し、映画撮影を学ぶ。卒業後はキャメラ・オペレーターや舞台照明の仕事を経験。芸術的な色彩感覚と若手ながらも完成された撮影スタイルにより脚光を浴び、注目を集める。フランシス・フォード・コッポラ監督「地獄の黙示録」、ウォーレン・ベイティ監督「レッズ」、またベルトルッチと組んだ「ラストエンペラー」でアカデミー賞撮影賞を3度も受賞し、名実共にトップキャメラマンとして活躍している。
「光で描く」「色は象徴である」と公言する通り、照明にはかなりの哲学を持っており、その圧倒的な色彩感覚は多くのカメラマンに影響を与え続けている。また、カンヌ映画祭の審査委員や照明デザイナーとしても活躍し、後進の育成や撮影技術の開発、保護などにも尽力を注いでいる。近年ではカルロス・サウラとのコンビが多い。
2003年、ICG(国際撮影監督協会)は映画撮影史上最も影響を与えた人物として選出。
主な作品
暗殺の森 -Il Conformista (1970年)
ラストタンゴ・イン・パリ -Ultimo tango a Parigi (1972年)
 1900年 -Novecento (1976年)
地獄の黙示録 -Apocalypse Now (1979年)
レッズ -Reds (1981年)
ラストエンペラー -The Last Emperor (1987年)
タッカー -Tucker: The Man and His Dream (1988年)
シェルタリング・スカイ -The Sheltering Sky (1990年)
リトル・ブッダ -Little Buddha (1993年)
ゴヤ -Goya en Burdeos (1999年)
エクソシスト・ビギニング -Exorcist: The Beginning (2004)


坂本 龍一Sakamoto Ryūichi 1952年1月17日生
東京都中野区に生まれの日本の音楽家、作曲、編曲、音楽プロデューサー、キーボーディスト
東京芸術大学の音楽学部作曲科を経て、同大学院音響研究科修士課程を修了。音楽家として活躍する他、映画俳優としても活動歴がある。クラシック音楽をベースに、民俗音楽、現代音楽にも造詣が深く、多様な作品を発表している。東京芸術大学在学中よりスタジオミュージシャンとして活動を開始。1970年代後半よりソロとして活動する一方、音楽グループ「イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)」のメンバーとして社会に広く認知され、一躍人気音楽家となる。映画音楽の作曲も活発に行っており、映画「ラストエンペラー」では日本人初のアカデミー賞オリジナル作曲賞を受賞している。マクロビオティックの実践者でもある。以前はベジタリアンであったが、これは「人としての闘争本能がなくなりそうだから」という理由で後に挫折。一般的に「教授」とあだ名される。左利き。血液型はB型。


キアヌ・リーブス Keanu Charles Reeves, 1964年9月2日生
ハリウッドの映画俳優
レバノンのベイルート生まれ。ファーストネームの「キアヌ」はハワイの言葉で「山からの涼風」を意味し、より深い意味では「絶えず神の意識に集中する者」を持つ。父親はハワイ出身のアメリカ人地質学者で、祖先にアイルランド、中国、ハワイアン、ポルトガルの血統を持つミックスド。母親はイギリス人の元ダンサーである。尚リーブスはカナダ、アメリカ、イギリスの三重国籍を持っているが、トロント育ちであるため自分のことをカナダ人とみなしている。
熱心なアイスホッケーファンで、高校時代は学校のチームのMVPを受賞した。大学でもアイスホッケー選手として活躍し、プロからの誘いもあったが俳優になることを選んだ。
1994年、映画「スピード」に主役として出演。一躍有名になるが、自分のポリシーにこだわり、「ディアボロス」「死にたいほどの夜」という映画に専念するとの理由で「スピード2」の出演を断る。その後、いくつかの映画に出演していたものの、すっかり影を潜めていた。しかし、「マトリックス」(1999年)に出演後、再び脚光をあびた。
また、大のラーメン(特にとんこつ)好きとしても知られる。
主な出演作品
* 『リトル・ブッダ』 - Little Buddha(1993年)
* 『スピード』 - Speed(1994年)
* 『ディアボロス』 - The Devil's Advocate(1998年)
* 『マトリックス』 - The Matrix(1999年)
* 『ギフト』 - The Gift(2000年)
* 『スウィート・ノベンバー』 - Sweet November (2001年)
* 『マトリックス・リローデッド』 - The Matrix Reloaded(2003年)
* 『マトリックス・レボリューションズ』 - The Matrix Revolutions(2003年)
* 『恋愛適齢期』 - Something's Gotta Give(2003年)
* 『コンスタンティン』 - Constantine(2005年)
* 『スキャナー・ダークリー』 - A Scanner Darkly(2006年)
* 『イルマーレ』 - The Lake House(2006年)



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フォレスト・ガンプ一期一会
- 2007/06/14(Thu) -
フォレスト・ガンプ 一期一会 ― スペシャル・コレクターズ・エディション フォレスト・ガンプ 一期一会 ― スペシャル・コレクターズ・エディション
トム・ハンクス (2001/12/21)
ビクターエンターテインメント/CIC・ビクタービデオ
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『フォレスト・ガンプ/一期一会』-いちごいちえ,Forrest Gump
1994年公開アメリカ映画
製作会社パラマウント映画
監督:ロバート・ゼメキス
1985年ウィンストン・グルームの小説『Gump and Co.』をエリック・ロスが脚色
主演はトム・ハンクス

第67回アカデミー賞 作品賞ならびに
第52回ゴールデングローブ賞 ドラマ部門作品賞受賞作品

「gump」は英語(アラバマ州の方言)で「うすのろ」「間抜け」「愚か者」の意
故に原題の「Forrest Gump」は「うすのろフォレスト」「間抜けのフォレスト」という意味である

人より知能指数は劣るが、純真な心と周囲の人々の協力を受けて数々の成功を収めていく
"うすのろフォレスト"の半生をアメリカの歴史を交えながら描いたヒューマンドラマ
キャッチコピーは、劇中に台詞としても登場する
「人生はチョコレートの箱、開けてみるまで分からない」

ILMが担当したSFXは主演のトム・ハンクスを、ジョン・レノンやエルビス・プレスリー、
ジョン・F・ケネディ、リチャード・ニクソンといった故人と共演させ話題になった

ストーリー  注意:ネタバレあり
映画はフォレスト・ガンプがジョージア州サヴァナーのバス停で腰を下ろしている所からはじめられる。
彼は彼の人生の物語を隣に座っている人達に聞かせるのだった。
フォレストは人生の多くの部分を母親から学んだ。
彼女の口癖は「人生はチョコレートの箱のよう、開けてみるまでわからない」と
「馬鹿は、馬鹿をする人の事をいうのだ」。
彼の人生にとって他の重要な人物は、
幼馴染のジェニー;
ベトナム戦争を共に戦い、「そこにあるものすべてが海老漁にたとえられる」が
口癖だった漁師のババ;
ベトナム戦争時代の上官、ダン中尉などである。
フォレストはジェニーにプロポーズをした翌朝、ジェニーに去られて、
傷心のまま、3年半ひたすら走り続けるのだった。
フォレストがバス停で座っていたのは、走る姿をTVで観た
ジェニーから逢いたい、と手紙を貰ったからだった。
彼がジェニーと彼女の小さな息子に会ったとき、ジェニーはその子の名前は父親からつけた、と言った。
名前はフォレスト。ガンプが父親だった。
ジェニーはまた自分が原因不明の不治の病(HIVと思われる)に犯されている事を告げ、
3人は一緒にアラバマ州のグリーンボウに戻り、ついには、二人は結婚式を挙げる。
がそれは短く、フォレストによると、ジェニーは土曜日の朝亡くなってしまう。
が墓石には1982年の3月22日、実際には月曜日である。
映画は、フォレストがスクール・バスまで息子を見送る場面で終わる。
そこでは、父親になったフォレストと息子のフォレストが互いに愛している、と言い合う。
おさるのジョージの絵本から落ちた一枚の羽が風に吹かれて空まで舞い上がり、
映画の冒頭部分と同じ映像になるのだった…。

アメリカ現代史とポップス・フィロソフィーの宝庫みたいな映画です。
自分の人生と重ねてみて、なるほど、と頷ける言葉が一杯。
ガンプの様に純真に生きる事は現代、難しいですが、見習いたい事ですよね。


キャスト
フォレスト・ガンプ(Forrest Gump)・・・トム・ハンクス
ミセス・ガンプ(Mrs.Gump)・・・サリー・フィールド
ジェニー・カラン(Jenny Curran)・・・ロビン・ライト
 ダン・テイラー(Lt.Dan Tailor)・・・ゲイリー・シニーズ
ババ・ブルー(Benjamin Bufford "Bubba" Blue)・・・ミケルティ・ウィリアムソン


原作と映画との相違点
『フォレスト・ガンプ/一期一会』の原作は1985年にアメリカの作家である
ウィンストン・グルーム(Winston Groom)が発表した小説『Gump and Co.』であり、
映画はこの小説のストーリーに沿って製作されているが、
小説では主人公が宇宙飛行士やプロレスラー、チェスのチャンピオンになるなど
映画化作品では大幅にカットされたエピソードが盛り込まれている
またガンプの相棒としてオランウータンが活躍したり、
サッダーム・フセインが主人公の友人として登場する部分もある
この物語は湾岸戦争終結まで続く

エピソード/トリヴィア

*『フォレト・ガンプ/一期一会』では、映画の舞台であるアラバマ州の訛の強い方言や、
現在では使用されていない英語が頻繁に用いられているため、
殊に英語に耳慣れない日本人に字幕無しでの台詞の解釈は困難なものであった
そのため、発売初期のVHS等では先述のキャッチコピーを「人生は箱入りのチョコ」と誤訳されている
ただし、現行のDVDでは修正が施されている

* 1996年、劇中に登場する「ババ・ガンプ・シュリンプ」をモチーフにした
シーフードレストラン「ババ・ガンプ・シュリンプ・カンパニー」が設立された
現在アメリカを中心に世界で20店舗を展開
日本の支店は、東京・後楽園のラクーア内「ババ・ガンプ・シュリンプ東京」と、
大阪・ユニバーサル・スタジオ・ジャパンに隣接したユニバーサル・シティウォーク大阪内「ババ・ガンプ・シュリンプ大阪」と、
東京・江東区豊洲のららぽーと豊洲内の3店舗である

* 主人公であるフォレスト・ガンプは実際に演じたトム・ハンクスの他にも
ビル・マーレイやチェヴィ・チャベス等にも出演依頼がなされていた
また、ババ・ブルー役にはデイヴィッド・アラン・グリアやジョン・トラヴォルタが予定されていた
さらに監督候補にはテリー・ギリアムやバリー・ソネンフェルドの名前が挙がっていた

* フォレストらがベトナム戦争に赴いた際のベトナムのシーンはサウスカロライナ州のゴルフコースで撮影された

* ゲイリー・シニーズ演じるダン・テイラーは
戦争で爆撃を受けたことにより両足を失くした設定であるが、
撮影時にシニーズの両足に青い特殊な縫い物を充て、
編集段階でコンピュータにより当該箇所の削除が行われた

* フォレストがただひたすら走り続けるシーンでは頻繁にハンクスの弟がボディダブル(吹替え)として兄の代役を務めた
また、アメリカンフットボールの試合で一直線に走り抜けるシーンの撮影中にハンクスはインフルエンザに侵された

* サリー・フィールドはハンクス演じるフォレストの母親役として出演しているがハンクスとの年齢差は10しかない

* 少年時代のフォレストがスクールバスで少年の隣に座ろうとするが拒否される
その拒否した少年は監督であるロバート・ゼメキスの実の息子である
また、同じバスの中の赤い髪の毛をした少女はハンクスの実の娘である


トム・ハンクス Thomas Jeffrey Hanks, 1956年7月9日 生
アメリカ合衆国カリフォルニア州出身の俳優
全米長寿バラエティ番組『サタデー・ナイト・ライブ』や、
『スプラッシュ』『メイフィールドの怪人たち』『ビッグ』といった軽妙なコメディ映画を得意とする
若手コメディアンとして活躍していた
1993年にエイズを取り扱ったシリアスなドラマ『フィラデルフィア』、そして
1994年に『フォレスト・ガンプ/一期一会』で2年連続、アカデミー主演男優賞を受賞、
ライトコメディ俳優から一躍オスカー常連の大物アクターへと成長し、
以降は数々の話題作・大作に立て続けに主演を重ねていった
彼はエイブラハム・リンカーンと遠縁である
(リンカーンの母親ナンシー・ハンクスの曾祖父の兄弟がトム・ハンクスの先祖、8代前)
出演作品
スプラッシュ Splash (1984年)
独身SaYoNaRa!バチェラー・パーティー Bachelor Party (1984年)
マネーピット Money Pit (1986年)
ビッグ Big (1988年)
メイフィールドの怪人たち The Burbs (1989年)
ターナー&フーチ/すてきな相棒 TURNER & HOOCH (1989年)
虚栄のかがり火 The Bonfire of the Vanities (1990年)
プリティ・リーグ A League of Their Own (1992年)
めぐり逢えたら SLEEPLESS IN SEATTLE (1993年)
フィラデルフィア Philadelphia (1993年)
フォレスト・ガンプ/一期一会 FORREST GUMP (1994年)
アポロ13 Apollo 13 (1995年)
トイ・ストーリー Toy Story(1995年) 声
すべてをあなたに That Thing you Do! (1996年) 監督/脚本/出演
ユー・ガット・メール YOU'VE GOT MAIL (1998)
プライベート・ライアン Saving Private Ryan (1998)
グリーンマイル THE GREEN MILE (1999年)
トイ・ストーリー2 Toy Story 2(1999年) 声
キャスト・アウェイ CastAway (2000)
ロード・トゥ・パーディション ROAD TO PERDITION (2002)
キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン Catch me if you can (2002年)
レディ・キラーズ Lady killers (2004)
ターミナル Terminal (2004)
ポーラー・エクスプレス THE POLAR EXPRESS (2004)
ダ・ヴィンチ・コード The Da Vinci Code (2006)

ロバート・ゼメキスRobert Zemeckis, 1952年5月14日 生
アメリカの映画監督で、脚本家
イリノイ州・シカゴ出身
高校時代から8mmで映画を撮り始める
イリノイ大学から南カリフォルニア大学 (USC) に編入し、1973年に卒業
学生時代に監督した『Field of Honor』がストゥーデント・アカデミー賞を受賞
大学の先輩ジョン・ミリアスの紹介で、スティーヴン・スピルバーグ監督の『1941』の脚本を大学の同級生ボブ・ゲイルと共に執筆
1978年には『抱きしめたい』で監督デビュー
1985年、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のヒットで一躍メジャー監督とみなされる
1994年の『フォレスト・ガンプ/一期一会』は、アカデミー賞で作品賞・監督賞を受賞した
1984年の『ロマンシング・ストーン 秘宝の谷』以降、監督する全ての劇場公開作品の音楽を、アラン・シルヴェストリが担当している

主な監督作品
『抱きしめたい』 -I Wanna Hold Your Hand (1978年)
『ロマンシング・ストーン 秘宝の谷』 -Romancing the Stone (1984年)
『バック・トゥ・ザ・フューチャー』 -Back to the Future (1985年)
『世にも不思議なアメージング・ストーリー』 -Amazing Stories (1986年)
『ロジャー・ラビット』 -Who Framed Roger Rabbit (1988年)
『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』 -Back to the Future Part II (1989年)
『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3』 -Back to the Future Part III(1990年)
『ハリウッド・アドベンチャー』 -Tales from the Crypt (1991年)
『永遠に美しく…』 -Death Becomes Her (1992年)
『フォレスト・ガンプ/一期一会』 -Forrest Gump (1994年)
『コンタクト』 -Contact (1997年)
『キャスト・アウェイ』 -Cast Away (2000年)
『ホワット・ライズ・ビニース』 -What Lies Beneath (2000年)
『ポーラー・エクスプレス』 -The Polar Express (アニメ)(2004年)
ベオウルフ Beowulf (2007)
製作・製作総指揮
フラットライナーズ The Frighteners (1996)
ゴシカ Gothika (2003)
蝋人形の館 House of Wax (2005)
モンスター・ハウス Monster House (2006)
リーピング The Reaping (2007)


出典: Wikipedia



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ロング・エンゲージメント
- 2007/06/13(Wed) -
ロング・エンゲージメント 特別版 ロング・エンゲージメント 特別版
オドレイ・トトゥ (2005/08/05)
ワーナー・ホーム・ビデオ
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『ロング・エンゲージメント』
ジャン=ピエール・ジュネ監督
フランス映画 公開は2004年
フランス語原題:Un long dimanche de fiançailles(婚約中の長い日曜日)
英語タイトル:A Very Long Engagement(とても長い婚約)
セバスチアン・ジャプリゾの小説(ISBN 4-488-14205-2)原作

第一次世界大戦の戦場(ソンム)で戦死したと見なされた婚約者を、
主人公の若い女性が必死に捜索する物語

ストーリー
第一次世界大戦中、フランス軍の五人の兵士が軍務を逃れるために故意に自傷したとして、有罪を宣告される
五人はフランスとドイツの塹壕線の中間地帯に追い出され、死に直面する
五人は全員戦闘に巻き込まれて死んだと見なされたが、
兵士の一人マネクの婚約者マチルドは希望を捨てず、
その戦場で実際に何が起きたのかを調査し始める
物語は、1920年代のパリやフランスの田舎(ブルターニュ)にいるマチルドの視点と、
大戦中の戦場のフラッシュバックを交えて進行する


長い作品です。3回位観て、やっと内容が解りました。いや、まだ解ってないかも…。
戦争の悲惨さを、ある意味、コミカルに描いています。
アメリにも登場した役者さんも多数出ています。
マネク役の役者さんは、ハンニバル・ライジングで注目されました。
ジョディ・フォスターが流暢なフランス語を喋っています。
自分を信じる事と、決して諦めない事を学べる作品です。


キャスト
マチルド:オドレイ・トトゥ
マネク:ギャスパー・ウリエル
シルヴァン:ドミニク・ピノン
ティナ・ロンバルディ:マリオン・コティヤール
エロディ・ゴルド:ジョディ・フォスター他

受賞
第77回アカデミー賞の2つの部門にノミネートされたが、受賞はなし。
アカデミー美術賞ノミネート
アカデミー撮影賞ノミネート

メモ
マチルドの婚約者マネクが何度も彫る「MMM」は、「Manech aime Mathilde」(マネクはマチルドを愛している)の略
フランス語で「aime」(愛する)は、Mの字と同じく「エム」と発音する
英語の字幕では「Manech's Marrying Mathilde」(マネクはマチルドと結婚する)と置き換えられた


ギャスパー・ウリエル(Gaspard Ulliel, 1984年11月25日 - )
フランス・パリ郊外出身の俳優。パリ第8大学(サン・ドニ)で映画を専攻。在学中から俳優としてテレビなどに出演、注目されるようになる。2004年の『ロング・エンゲージメント』ではセザール賞新人賞を受賞。ギャスパール・ユリエルとも。
2007年公開の『ハンニバル・ライジング』では、若き日のハンニバル・レクターを演じる。
主な出演作品
* ジェボーダンの獣LE PACTE DES LOUPS (2001)
* かげろう Les Égarés (2003)
* ロング・エンゲージメント Un Long Dimanche De Fiançailles (2004)
* パリ、ジュテーム Paris, je t'aime (2006)
* ハンニバル・ライジング Hannibal Rising (2007)



マリオン・コティヤール(Marion Cotillard、1975年9月30日 - )
フランスの女優。近年はハリウッドでも活躍する。
来歴
パリで生まれ、ロワレ県オルレアンで育つ。父親は俳優、母親は女優。弟が2人(双子)いる。両親の影響を受け、子供のころから舞台に立っていた。
オルレアンの演劇学校を首席で卒業し、18歳の時にテレビ映画に出演。その後、アルノー・デプレシャン監督の『そして僕は恋をする』や『TAXi』シリーズに出演して知名度を上げ、『TAXi』と『LES JOLIES CHOSES』ではセザール賞有望若手女優賞にノミネートされた。その演技力が認められ2003年にティム・バートン監督の『ビッグ・フィッシュ』でハリウッドデビューを果たす。
2004年公開の『ロング・エンゲージメント』でセザール賞助演女優賞を受賞。
2007年公開のフランス映画『エディット・ピアフ~愛の讃歌~』でエディット・ピアフ役を熱演。その演技力が高く評価され、ゴールデングローブ賞 主演女優賞 (ミュージカル・コメディ部門)などを受賞。アカデミー主演女優賞にもノミネートされた。
主な出演作品
* そして僕は恋をする Comment je me suis dispute...(ma vie sexuelle) (1996年)
* TAXi Taxi (1997年)
* TAXi2 Taxi 2 (2000年)
* フリア Furia (2000年)
* 銀幕のメモワール Lisa (2001年)
* 追いつめられて… 濡れ衣の女 Une femme piégée (2001年) ※テレビ映画
* 世界でいちばん不運で幸せな私 Jeux d'enfants (2003年)
* ビッグ・フィッシュ Big Fish (2003年)
* TAXi3 Taxi 3 (2003年)
* エコール Innocence (2004年)
* ロング・エンゲージメント Un long dimanche de fiançailles (2004年)
* プロヴァンスの贈りもの A Good Year(2006年)
* エディット・ピアフ~愛の讃歌~ La Môme (2007年)
主な受賞
* セザール賞
o 2004年度 助演女優賞 『ロング・エンゲージメント』
* ゴールデングローブ賞
o 2007年度 主演女優賞(ミュージカル・コメディ部門) 『エディット・ピアフ~愛の讃歌~』
* ロサンゼルス映画批評家協会賞
o 2007年度 主演女優賞 『エディット・ピアフ~愛の讃歌~』
* ボストン映画批評家協会賞
o 2007年度 主演女優賞 『エディット・ピアフ~愛の讃歌~』
* ハリウッド映画祭
o 2007年度 主演女優賞 『エディット・ピアフ~愛の讃歌~』
* リュミエール賞
o 2007年度 主演女優賞 『エディット・ピアフ~愛の讃歌~』



外部リンク
Un long dimanche de fiançailles(ワーナーのサイト、フランス語)
出典: Wikipedia
公式サイト



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アメリ
- 2007/06/11(Mon) -
アメリ【期間限定スペシャル版】 アメリ【期間限定スペシャル版】
オドレイ・トトゥ (2004/12/03)
ビデオメーカー
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『アメリ』
原題:Le Fabuleux Destin d'Amélie Poulain
( 「アメリ・プーランの素晴らしい運命」の意)
2001年4月公開フランス映画
ジャン=ピエール・ジュネ監督

パリ・モンマルトルを舞台に、パリジャンの日常を描きフランスで国民的大ヒットを記録
ストーリーや映像、美術に愛らしさがあふれる一方、
ジャン=ピエール・ジュネ監督らしいブラック・ユーモアや奇妙な人間像、
コミュニケーション不全の問題も描かれている

受賞歴
2001年第27回セザール賞作品賞、監督賞、音楽賞、美術賞受賞
2001年第74回アカデミー賞(外国語映画賞、美術賞、撮影賞、音響賞、脚本賞)ノミネート
2001年第59回ゴールデングローブ賞外国語映画部門ノミネート他

キャスト
オドレイ・トトゥ:アメリ・プーラン
マチュー・カソヴィッツ:ニノ・カンカンポワ
ジャメル・ドゥブーズ:ルシアン
ヨランド・モロー:マデレーン
ドミニク・ピノン:ジョセフ

音楽:ヤン・ティルセン(YANN TIERSEN)

ストーリー
神経質な元教師の母親と冷淡な元軍医の父親を持つアメリはあまり構ってもらえず、両親との身体接触は父親による彼女の心臓検査時だけだった。心臓に障害があると勘違いした父親は周りから子供たちを遠ざけてしまう。孤独の中で彼女は想像力の豊かな、しかし周囲と満足なコミュニケーションが取れない不器用な少女になっていった。
そのまま成長して22歳となったアメリは実家を出てアパートに住み、モンマルトルにある元サーカス団員経営のカフェで働き始める。彼女は、ささやかな一人遊びと空想にふける毎日を送っていた。
ある日、自宅でダイアナ妃事故死のニュースを聴いて驚いた彼女は「人を幸せにすること」を趣味にし始めたのだった…。


ノン・ストップな感じで、どんどん場面が展開していき、観る人をあきさせません。画面もほどよくセピア色がかっているし、キッチュでアンニュイな感じです。登場人物も皆それぞれのストーリーがあり、楽しめます。人生本当にこんな風だったら楽しいな、と思わせてくれる作品です。いや、それもありかな?今日から「アメリ」的人生をはじめてみませんか?


オドレイ・トトゥ Audrey Tautou、1978年8月9日生
フランスの女優
子供の頃から演じることに興味をもち、演技のクラスを取っていた
1996年にフランスのテレビ番組、『Cœur de cible』でデビューし、
1999年に公開された映画『ヴィーナス・ビューティ』でフランス国内でヒット、セザール賞を受賞して女優として認められた
2001年に公開された主演映画『アメリ』が日本を含むフランス内外で大ヒットし、世界中で有名になった
2002年には初めてのイギリス映画『堕天使のパスポート』に出演、トルコ語訛りの英語に苦労したという(彼女自身は英語を流暢に話す)
2004年には『アメリ』の監督ジャン・ピエール・ジュネと再び組んだ『ロング・エンゲージメント』で高い評価を得た
2006年に『ダ・ヴィンチ・コード』でヒロインのソフィー・ヌヴーを演じ、トム・ハンクスと共演

主な出演作品
エステサロン/ヴィーナス・ビューティ Vénus beauté (1999)
月夜の恋占い Le Battement d'ailes du papillon (2000)
アメリ Le Fabuleux destin d'Amélie Poulain (2001)
ミシェル Dieu est grand, je suis toute petite (2001)
愛してる、愛してない... À la folie... pas du tout (2002)
スパニッシュ・アパートメント L'Auberge espagnole (2002)
堕天使のパスポート Dirty Pretty Things (2002)
巴里の恋愛協奏曲(コンチェルト)Pas sur la bouche (2003)
ロング・エンゲージメント Un long dimanche de fiançailles (2004)
ロシアン・ドールズ Les Poupées russes (2005)
ダ・ヴィンチ・コード The Da Vinci Code (2006)


ジャン=ピエール・ジュネ Jean-Pierre Jeunet, 1953年9月3日 生
フランスの映画監督
友人の映画監督マルク・キャロと組んで「ジュネ&キャロ」として短編映画作品などを作り、10分間の短編アニメ『回転木馬』は第6回(1980年度)セザール賞の短編(アニメーション)賞に輝いた
単独で監督した1989年の短編映画『僕の好きなこと、嫌いなこと』ではドミニク・ピノンを起用し、この作品で第16回(1990年度)セザール賞の短編(劇映画)賞を受賞した
1991年には長編映画『デリカテッセン』で、核戦争後のパリの肉屋を舞台とした騒動をブラックユーモアをドミニク・ピノン主演で描き、フランスで大ヒット 
第17回(1991年度)セザール賞で、ジュネはマルク・キャロらと脚本賞と新人監督作品賞を受賞し、この作品は全部で4部門受賞した
1995年には『ロスト・チルドレン』を発表し、ロン・パールマンを主演に起用した 
第21回(1995年度)セザール賞にこの作品は3部門ノミネートし、そのうち美術賞を受賞した。
1997年、『エイリアン4』の監督に起用され、ハリウッドデビューとなり、これが初めての続編ものとなる
その後フランスへ戻り、2001年に『アメリ』を発表し、オドレイ・トトゥ主演のこの作品は世界的なヒットとなる第27回(2001年度)セザール賞で、ジュネは作品賞と監督賞を受賞し、この作品は全部で4部門受賞した
また、第74回(2001年度)アカデミー賞では、ジュネは脚本賞にノミネートされ、この作品は全部で5部門ノミネートされた
2004年に再びオドレイ・トトゥ主演で『ロング・エンゲージメント』を発表
第30回(2004年度)セザール賞で、ジュネは作品・監督・脚本でノミネートし、この作品は全部で5部門受賞した
また、第77回(2004年度)アカデミー賞では、撮影賞と美術賞にノミネートされた
ジュネの作品の特徴は、独特の世界観とブラックユーモアである。また、ドミニク・ピノンなどの個性派俳優も多数出演している
次回作は、ベストセラーになったヤン・マーテルのブッカー賞受賞作『パイの物語』の映画化で、2008年公開予定

主な作品
短編
回転木馬  Le Manège (1980年) - マルク・キャロと共同監督、アニメーション
最後の突風の砦  Le Bunker de la dernière rafale (1981年) - マルク・キャロと共同監督・出演ほか
ビリー・ブラッコに休息なし  Pas de repos pour Billy Brakko (1980年) - アニメーション
僕の好きなこと、嫌いなこと  Foutaises (1989年)
長編
デリカテッセン  Delicatessen (1991年) - マルク・キャロとの共同監督
ロスト・チルドレン  La Cité des enfants perdus (1995年) - マルク・キャロとの共同監督
エイリアン4  Alien: Resurrection (1997年)
アメリ  Le Fabuleux Destin d'Amélie Poulain (2001年)
ロング・エンゲージメント  Un long dimanche de fiançailles (2004年)

外部リンク
JeanPierreJeunet.net :: Official Website  公式サイト(フランス語・英語)


出典: Wikipedia
公式サイト



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僕の大事なコレクション
- 2007/06/04(Mon) -
僕の大事なコレクション 特別版 僕の大事なコレクション 特別版
イライジャ・ウッド (2006/11/03)
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原題:Everything Is Illuminated
2005年制作 アメリカ映画
原作 ジョナサン・サフラン・フォア2002年出版
「エブリシング・イズ・イルミネイテッド」
監督 リーヴ・シュレイバー

エブリシング・イズ・イルミネイテッド
全米ユダヤ人図書賞(02年フィクション部門)、ガーディアン新人賞(02年/英)
ヤング・ライオンズ・フィクション賞、ウィリアム・サローヤン国際賞(創作部門)、
ハロルド・U・リバロウ賞、コリーン国際図書賞(03/独)
PEN/ロバート・ビンガム・フェローシップに輝いた
02年度のロサンゼルス・タイムズ図書賞の「ファースト・フィクション」賞にノミネートされ、
フランスの04年度プリ・アンフィ賞を獲得した


キャスト
イライジャ・ウッド:ジョナサン
ユージン・ハッツ:アレックス
ボリス・レスキン:祖父
ラリッサ・ローレット:リスタ


ストーリー 注意 : ネタバレ少しあり

アメリカに住むユダヤ系のジョナサンは、ウクライナからの移民であった祖父を助けた女性アウグスチーネを探しにウクライナに向かう。ジョナサンは家族に関するもの(チケットの半券や祖母の入れ歯まで)を集める趣味があり、旅の途中でも何でもジップロックに入れて保存してしまう。ウクライナに辿り着いたジョナサンを待っていたのは、訛りの強い英語を話す通訳のアレックスと、目が見えないと言い張る彼の祖父(運転手)、そして盲導犬(?)のサミー・デイビス・Jr.Jrだった。3人と1匹は、ジョナサンの祖父が住んでいた村トラキムブロドに向けて出発する。


私的には、大好きな作品です。何これ?と思わせてくれたり、ふふふ、と笑わせてくれたり、ちょっと感傷的になったり、様々な思いをさせてくれる作品です。誰かが云ってましたが、もう一つの指輪物語です。必見!

イライジャ・ジョーダン・ウッド Elijah Jordan Wood
1981年1月28日生 
アメリカ合衆国の俳優。
経歴
アイオワ州・シダーラビッズ出身
俳優としてのキャリアは子役からスタート
多くのコマーシャル、数本の映画に端役で出演した後、1990年の『わが心のボルチモア』で主役の座を掴む
その後も人気子役として数々の映画に出演、
『フォーエヴァー・ヤング』ではメル・ギブソンと、
『危険な遊び』ではマコーレー・カルキンと、
『8月のメモワール』ではケヴィン・コスナーと共演
2001年、『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズの主役フロド・バギンズ役で世界的に有名になる
3部作終了後は役柄が固定してしまうのを嫌がり、『エターナル・サンシャイン』では姑息な手段で女の子をゲットしようとする青年、『シン・シティ』では最後まで一言も喋らない狡猾な殺人鬼を演じるなど、個性的な役に挑戦している
出演作
バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2 Back to the Future Part II (1989)
わが心のボルチモア Avalon (1990)
フォーエヴァー・ヤング 時を越えた告白 Forever Young (1992)ナット・クーパー役
危険な遊び The Good Son (1993)マーク・エヴァンス役
ノース/ちいさな旅人 North (1994)
8月のメモワール The War (1995)
フリッパー Flipper (1996)
ディープ・インパクト Deep Impact (1998)
パラサイト The Faculty (1998)
記憶の旅人The Bumblebee Flies Anyway(2000)
ロード・オブ・ザ・リング The Lord of the Rings: The Fellowship of the Ring (2001)
ロード・オブ・ザ・リング/二つの塔 The Lord of the Rings: The Two Towers (2002)
スパイキッズ3-D:ゲームオーバーSpy Kids 3-D: Game Over (2003)
ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還 The Lord of the Rings: The Return of the King (2003)
エターナル・サンシャイン Eternal Sunshine of the Spotless Mind (2004)
シン・シティ Sin City (2005)
フーリガン Green Street Hooligans (2005)
僕の大事なコレクション Everything Is Illuminated (2005)
ハッピーフィート Happy Feet(2006・声)
ボビー Bobby (2006)
パリ、ジュテーム Paris, je t'aime (2006)


リーヴ・シュレイバー Liev Schreiber 本名Isaac Liev Schreiber 1967年10月4日生
アメリカ合衆国カリフォルニア州サンフランシスコ出身の俳優ドイツ系
父親は俳優、母親は画家
映画では脇役が多いが、イェール・スクール・オブ・ドラマやイギリスの王立演劇学校で学び、舞台俳優として有名
「テンペスト」「マクベス」などシェイクスピア劇への出演も多い
2005年に舞台"Glengarry Glen Ross"でトニー賞を受賞している
ドキュメンタリー映画のナレーションや、コマーシャルで声の出演をすることも多い
2005年にはイライジャ・ウッド主演のドラマ「僕の大事なコレクション」を初監督した
プライベートではナオミ・ワッツと交際している
主な出演作品
シェフとギャルソン リストランテの夜 Big Night (1996)
スフィア Sphere (1998)
聖なる嘘つき/その名はジェイコブ Jakob the Liar (1999)
ハムレット Hamlet (2000)
ニューヨークの恋人 Kate & Leopold (2001)
クライシス・オブ・アメリカ The Manchurian Candidate (2004)
僕の大事なコレクション Everything is Illuminated (2005) 監督
オーメン The Omen (2006)

出典: Wikipedia
公式サイト


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